らましている雀の姿を見たとたん、なぜか眼がしらがあつくなって来るのを覚えた。
 かれの眼には、その雀が孤独《こどく》の象徴《しょうちょう》のようにも、運命の静観者のようにも映《うつ》った。夜明けの静寂《せいじゃく》をやぶるのをおそれるかのように、おりおり用心ぶかく首をかしげるその姿には、敬虔《けいけん》な信仰者《しんこうしゃ》の面影《おもかげ》を見るような気もした。
 雀は、しかし、そのうちに、ひょいと勢いよく首をもたげた。同時に、それまでふくらましていた羽根をぴたりと身にひきしめた。それは身内に深くひそむものと、身外の遠くにある何かの力とが呼吸を一つにした瞬間《しゅんかん》のようであった。そのはずみに、とまっていた楓の小枝がかすかにゆれた。小枝がゆれると、雀ははねるようにぴょんと隣りの小枝に飛びうつった。その肢体《したい》には、急に若い生命がおどりだして、もうじっとしてはおれないといった気配《けはい》である。
 間もなく雀は力強い羽音をたて、澄みきった冬空に浮《う》き彫《ぼ》りのように静まりかえっている櫟《くぬぎ》の疎林《そりん》をぬけて、遠くに飛び去った。そして、すべてはまたもとの
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