かいき》な顔をあらわした。陸軍用の車からは、中佐《ちゅうさ》の肩章《けんしょう》をつけた、背の高い、やせ型の、青白い顔の将校が出て来たが、しばらく突っ立って、すこしそり身になりながら、玄関前の景色を一わたり見まわした。
その間に、鈴田が次郎に近づいて来て、
「田沼さんはもうお出でになっているだろうね。」
「はあ、見えています。」
「じゃあ、陸軍省から平木中佐がお見えになったと、通じてくれたまえ。荒田さんから今朝ほど電話でお知らせしてあるんだから、おわかりのはずだ。」
次郎は、横柄《おうへい》な口のきき方をする鈴田に対して、いつになく憤《いきどお》りを感じ、返事をしないまま塾長室に行った。
塾長室の戸をあけると、田召理事長が、すぐ自分から言った。
「陸軍省のかただろう。こちらにお通ししなさい。」
次郎は玄関にもどって来たが、やはりだまったままスリッパをそろえた。
「通じたかね。」
鈴田が次郎をにらみつけるようにして言った。
「ええ、通じました。塾長室におとおりください。」
次郎の返事もつっけんどんだった。
鈴田が荒田老の手をひいて先にあがった。平木中佐は靴《くつ》をぬぎかけていたが、鈴田に向って、
「今日の式には、勅語《ちょくご》の捧読《ほうどく》があるんじゃありませんか。」
「ええ、それはむろんありますとも。……」
「じゃあ、靴はぬぐわけにはいかないな。ほかの場合はとにかくとして、勅語捧読の場合に軍人が服装規程にそむくわけにはいかん。」
「そのままおあがりになったら、いかがです。かまうもんですか。」
「かまうも、かまわんも、それよりほかにしかたがない。」
平木中佐は、片足ぬいでいた長靴《ちょうか》を、もう一度はいた。
鈴田は、その時、じろりと次郎の顔を見たが、その眼はうす笑いしていた。
その間、荒田老は、黒眼鏡をかけた顔を奥《おく》のほうに向け、黙々《もくもく》として突っ立っていた。事務室にいた塾生たちは、入り口の近くに重なりあうようにして、その光景に眼を見はっていた。
やがて中佐は、荒田老と鈴田のあとについて、ふきあげた板張りの廊下《ろうか》に長靴の拍車《はくしゃ》の音をひびかせながら、塾長室のほうに歩きだした。
次郎は、ちょっとの間、唇をかんでそのうしろ姿を見おくっていたが、急にあわてたように、三人の横を走りぬけ、塾長室のドアをあけてやった。
四 入塾式の日
式は予定どおり、十時きっかりにはじまった。
来賓席《らいひんせき》の一番上席には、平木中佐が着席することになった。中佐は最初、その席を荒田老にゆずろうとした。しかし荒田老は、
「今日は、あんたが主賓《しゅひん》じゃ。」
と、叱《しか》るように言って、すぐそのうしろの席にどっしりと腰《こし》をおろし、それからは中佐が何と言おうと、木像のようにだまりこんで、身じろぎもしなかった。中佐はかなり面くらったらしく、すこし顔をあからめ、何度も荒田老に小腰《こごし》をかがめたあと、いかにもやむを得ないといった顔をして席についたが、それからも、しばらくは腰が落ちつかないふうだった。
しかし、式がいよいよはじまるころには、もう少しもてれた様子がなく、塾生《じゅくせい》たちをねめまわすその態度は、むしろ傲然《ごうぜん》としていた。
来賓席の反対のがわには、田沼《たぬま》理事長、朝倉塾長、朝倉夫人の三人が席をならべていた。次郎はそのうしろに位置して、式の進行係をつとめていたが、かれの視線は、ともすると平木中佐の横顔にひきつけられがちだった。かれの眼《め》にうつった中佐の顔には、多くの隊付き将校に見られるような素朴《そぼく》さが少しもなかった。その青白い皮膚《ひふ》の色と、つめたい、鋭《するど》い眼の光とは、むしろ神経質な知識人を思わせ、また一方では、勝ち気で、ねばっこい、残忍《ざんにん》な実務家を思わせた。次郎は、中佐の横顔を何度かのぞいているうちに、子供のころ、話の本で見たことのある、ギリシア神話のメデューサの顔を連想していた。
中佐の眼は、理事長と塾長とが式辞をのべている間、塾生のひとりびとりの表情を、注意ぶかく見まもっているかのようであった。式辞の趣旨《しゅし》は、二人とも、いつもとほとんど変りがなかった。ただ理事長は、つぎのような意味のことを、特に強張した。
「国民の任務には、恒久的《こうきゅうてき》任務と時局的任務とがある。このうち、時局的任務は、時局そのものが、あらゆる機会に、あらゆる機関を通じて、声高く国民にそれを説いてくれるので、なに人《びと》もそれに無関心であることができない。ところが、恒久的任務のほうは、時局が緊迫《きんぱく》すればするほど、とかく忘れられがちであり、現に今日のような時代では、何が真に恒久的任務であるかさえ
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