たり叶《かな》ったりで、朝倉先生が青年塾に専念する約束《やくそく》が成立した。そして先生の上京後、二人で懇談《こんだん》を重ねた結果、具体案を作って寄付者に提示したところ、先方では、その根本方針に双手《もろて》をあげて賛成し、一切《いっさい》を田沼さんの自由な処理に委《ゆだ》ねたばかりでなく、事情によっては年々経常費の一部を負担《ふたん》してもいいということまで申し出て来ている。
「そんなわけで、経費の点では全く心配がないんだ。まるで夢《ゆめ》みたような話さ。実は、私としては、それでは安易にすぎて多少気|恥《は》ずかしいような心地がしないでもない。しかし、われわれの塾堂の構想からいうと、経費のことなどでじたばたする必要がないということもまた一つの大事な条件なんだ。むろん勤労はたいせつだし、自給自足も結構だ。しかし教育の機関が金もうけに没頭《ぼっとう》しなければ立って行けないというようでも困るからね。田沼さんもそのことを言って非常に喜んでいられたよ。」
「すると、どんなような塾ですの?」
 夫人がたずねた。
「それはおいおいわかるだろう。どうせお前には寮母《りょうぼ》みたいな仕事をしてもらいたいと思っているし、そのうち印刷物もできるから、それについてみっちり研究してもらうんだな。しかし、おそらく実際に生活をはじめてみないと、ほんとうのことはのみこめないだろうね。」
「何だか、むずかしそうですわ。」
「むずかしいといえは非常にむずかしいし、平凡《へいぼん》だといえばしごく平凡だよ。」
「一口にいって、どんなご方針ですの?」
「友愛感情に出発した共同生活の建設とでもいったらいいかと思っているんだ。しかし、こんな生煮《なまに》えの言葉をそのまま鵜呑《うの》みにされても困る。それよりか、これまでの学校でやって来た白鳥会の気持ちを、塾の共同生活の隅《すみ》から隅まで生かす、といったほうが呑《の》みこみやすいかね。」
「そういっていただくと、あたしたちにもいくらか自信が持てそうですわ。ねえ、本田さん。」
「ええ、ぼく、先生のお気持ちはよくわかるような気がします。」
 次郎は頬《ほお》を紅潮させてこたえた。
「あんまり自信をもってのぞんでもらっても困るよ。白鳥会の精神がいいからといって最初からそれを押《お》しつける態度に出たら、かんじんの精神が死んでしまうからね。お互《たが》いが接触《せっしょく》に接触を重ねて行くうちに、自然に各人の内部からいいものが芽を出し、それがみごとに共同生活に具体化され、組織化される、そういったところをねらうのが、今度の塾堂生活なんだ。」
 夫人も次郎もだまってうなずいた。
「まあ、しかし、こういうことはお互いにゆっくり話しあうことにして、さっそくかたづけなければならないのは、本田君の問題だ。中学校も五年になってからの転校は、どうせ公立では見込《みこ》みがないので、私立のほうの知人に二三|頼《たの》んではある。しかし、夏休みのせいか、まだはっきりした返事がきけないでいる。それがきまるまでは、君も落ちつかないだろうと思うが、どうだい、私が紹介状《しょうかいじょう》を書くから、君直接会ってみないか。」
「はあ――」
 次郎は気がすすまないというよりは、むしろ意外だという眼をして先生の顔を見た。
「私立ではいやなのか。」
「そんなことはありません。」
「じゃあ、会ってみたらいいだろう。私立でも、まじめな学校では、やはりいちおう本人に会ってみてからでないと入れてくれないからね。」
「先生!」
 と、次郎は急にからだを乗り出し、息をはずませながら、
「ぼくは先生の青年塾にはいるわけには行かないんですか。」
「青年塾に? 君が?」
 朝倉先生はおどろいたように眼を見はった。
「ぼくは、中学校を卒業することなんか、もうどうでもいいんです。先生が青年塾をお開きになるのを知っていながら、普通《ふつう》の中学校にはいるなんて、ぼくはとてもそんな気にはなれないんです。」
「ばかなことをいうものじゃない。私の計画している青年塾は、学校とはまるでちがうんだよ。現に働いている青年たちのために、ごく短期間の、――今のところながくてせいぜい二か月ぐらいにしたいと思っているが、――まあいわば一種の講習をくりかえして行くようなものなんだ。そんなところにはいって、君、どうしようというんだね。」
 次郎はだまりこんだ。かれは自分が想像していた塾とはかなり性質の違《ちが》ったものだということがわかり、ちょっと失望したようだった。しかし、どんな種類の塾にもせよ、その最初の塾生となって、塾風《じゅくふう》樹立《じゅりつ》に協力したいという希望は、やはり捨てたくなかったのである。
「そりゃあ、私としても、一度は君に一般《いっぱん》の勤労青年と生活をともにする機会を
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