た。きまった役割のないのは、朝倉先生と次郎だけだったが、この二人には、到着《とうちゃく》した先で自然に何かの役割が生じて来るはずだったのである。
 最初の目的地は、静岡県のH村だった。この村にはKという友愛塾の第一回の修了生がいて、村生活に大きな役割を果たしているということが、すでに早くからたしかめられていた。朝倉先生としても、次郎としても、ぜひ一度はたずねてみたい村だったのである。
 みんなは、H村につくと、まず小学校の一室に招《しょう》ぜられた。そこには村の青年たちばかりでなく、村長以下のあらゆる機関団体の首脳者が集まっていて、歓迎《かんげい》してくれた。儀式《ぎしき》ばった歓迎では決してなかったが、顔ぶれがあまり大げさなので、朝倉先生がK青年にそのことをそっとただしてみると、かれはこたえた。
「この村では、一つの機関や団体が何かいい催《もよお》しをやると、他の機関や団体もいっしょになって喜んでくれ、できるだけの応援《おうえん》をしてくれるんです。今日も私のほうからむりにお願いして集まってもらったわけではありません。」
 いちおうあいさつがすみ、お茶のごちそうになると、陽《ひ》のあるうちに村中の諸施設《しょしせつ》を見学した。そのあと、また小学校に集まって、村の青年たちと夕食をともにし、座談会をやったが、ただ場所がちがっているというだけで、気分ははじめから終わりまで友愛塾そっくりだった。この村の青年たちは、すでに友愛塾|音頭《おんど》までを、塾生たちといっしょにじょうずにおどることができたのである。
 ふんだんに用意してあった夜具にくるまって一夜をあかし、翌朝早くこの村をたったが、塾生たちのこの村からうけた印象は、なごやかな空気の中にみなぎっている生き生きした創意工夫と革新の精神であった。なお、わかれぎわに、村長が朝倉先生に私語した言葉は、それをはたできいていた塾生たちに、異常な感銘《かんめい》を与《あた》えたらしかった。村長は言った。
「この村をごらんになって、何かいいことがあったとしますと、その半分以上は、実はK君の力ですよ。K君は、自分ですばらしいことを考えだしておいて、それを実施《じっし》する場合には、だれかほかの人を表面に立てるんです。私が村長としてこれまでやって来たことも、たいていはK君の入れ知恵でしてね。ははは。」
 第二日目は、報徳部落として全国に名のきこえた、同県の杉山《すぎやま》部落の見学だった。杉山部落は、歴史と伝統に深い根をもち、すでに完成の域にまで達しているという点で、新興革新の気がみなぎっているH村とは、まさに対蹠的《たいしょてき》だった。明治|維新《いしん》ごろまでは乞食《こじき》部落とまでいわれた山間の小部落が、今では近代的な組合の組織を完成し、堂々たる事務所や倉庫や産業道路などをもつに至ったその過去は、塾生たちにとって、まさに一つの驚異《きょうい》であった。
 かれらはめいめいに自分たちの村の貧しい光景を心に思いうかべながら、この富裕《ふゆう》な部落をあちらこちらと見てあるいた。ほとんど平地にめぐまれないこの部落の人たちは、過去数十年間の努力を積んで、山の斜面《しゃめん》を残るくまなく、茶畑と蜜柑《みかん》畑と竹林とにかえてしまったのである。その指導の中心となったのは片平一家であるが、すでに七十|歳《さい》をこしていると思われる当主|九郎左衛門翁《くろうざえもんおう》の、賢者《けんじゃ》を思わせるような風格に接し、その口から報徳社の精神と部落の歴史とをきくことができたのも、塾生たちの大きな喜びであった。
 午後、杉山部落を辞し、一路バスで清水《しみず》に行き、三保付近の進んだ農業経営や久能《くのう》付近の苺《いちご》の石垣《いしがき》栽培《さいばい》など見学し、その夜は山岡鉄舟《やんまおかてっしゅう》にゆかりの深い鉄舟寺ですごすことにした。
 鉄舟寺は、朝倉先生と次郎にとっては、もう親類みたようなところであった。それは第一回のときにこの地方に旅行に来て、清水青年団の肝《きも》いりで一泊《いっぱく》して以来、たびたび厄介《やっかい》をかけ、住職の伊藤老師ともすっかり仲よしになっていたからである。
 老師は五尺にも足りない小柄《こがら》な人で、年はもう八十に近かったが、子供のようなあどけない顔をしており、心も童心そのものであった。いつも塾生たちがつくまえから、庫裡《くり》の玄関《げんかん》にちょこなんとすわりこみ、いかにも待ちどおしそうにしていた。そしていよいよ塾生たちの顔が見えると、
「よう来た、よう来た。さあさあ、おあがり。御堂でも庫裡でも遠慮《えんりょ》はいらん。うちのつもりで、すきなところにゆっくりするんじゃ。」
 と、それだけ言うと、すぐ立ちあがって姿を消してしまう。姿を消すのは、塾
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