ますと、さっそくその問題が相談にかけられたが、ほとんど原案通り決定された。ただ原案になかったことで、こちらの塾生代表と進行係とをだれにするかが問題になり、進行係のほうはすぐ次郎にたのむことにきまったが、塾生代表については、いろいろの意見が出た。室長の互選《ごせん》という意見も出たのでそれに落ちつけば一番合理的なはずだったが、それには室長の多数がふしぎに賛成しなかった。そして結局、青山敬太郎の発言で大河を推《お》し、それがほとんど全部の塾生に拍手《はくしゅ》をもって迎《むか》えられたのであった。
その晩、自分の室に帰った次郎の気持ちには、ふしぎな変化がおこっていた。かれは机の引き出しの奥《おく》深くしまいこんでいた道江の手紙を取り出して、もう一度しずかに読みかえした。そして読み終わると、すぐ二通の手紙を書いた。一通は道江あて、もう一通は恭一あてだった。恭一あてのには、
「道江からこんな手紙が来たが、僕《ぼく》には返事のしようがない。すべては君の責任において解決してもらいたい。」
とだけ書いて、道江の手紙を同封《どうふう》した。道江あてのもきわめて簡単だった。
「お手紙拝見。ご胸中同情にたえません。返事が遅《おく》れてすまなかったが、おたずねの人物については、いろいろ考えてみました。しかし、結局僕には見当がつきません。で、思いきって、お手紙をそのまま兄におくり、その返事を求めることにしました。あるいは直接そちらに返事が行くかもしれません。とにかく、この事については、兄自身がすべての責任を負うのが当然だと思います。道江さんもそのつもりで勇敢《ゆうかん》に兄にぶっつかってみてください。切に前途《ぜんと》の光明《こうみょう》を祈《いの》ります。」
一二 交歓会
それからの一週間は、次郎にとって、変に矛盾《むじゅん》にみちた明け暮《く》れだった。
二通の手紙を出したあとのかれの胸には、大きな空洞《くうどう》があいており、その空洞の中を、悔恨《かいこん》と、嫉妬《しっと》と、未練と、そしてかすかな誇《ほこ》りとが、代わる代わる風のように吹《ふ》きぬけていた。しかも、一方では、興国塾《こうこくじゅく》との交歓会をひかえて、その同じ胸が、空洞どころか、重い鉛《なまり》でもつめこんだように心配で一ぱいになっていた。心配といっても、それはむろん、こざこざした準備や、その日の手順などのことについてではなかった。そうしたことは、もうたいてい塾生たちの分担に任しておいても、決して不安はなかったのである。ただ、かれがたえず悩んだのは、ともすると心の底に、朝倉先生のいわゆるけちな闘志《とうし》がうごめくことであった。交歓会とは名ばかりで、その実、戦いをいどまれているようなものであり、しかも、その結果いかんは、ただちに塾の運命を左右するのだ、と思うと、怒《いか》りがこみあげて来て、何くそ、負けてなるものか、という気になる。
だが、そうした闘志に身を任せることは、決して友愛塾としての真の勝利をもたらすゆえんではない。それどころか、そのこと自体がすでに敗北を意味するのだ。かりに百歩をゆずってそうした闘志をゆるすとしても、その闘志をどう使えば相手を打ち負かすことができるのか、相手はこちらが相手以上に軍国調にならないかぎり、絶対に負けたとは思わない人たちなのだ。そう思いかえしては、自分をおさえるのだったが、おさえればおさえるほど、無念でならない気がして来るのである。
こうした闘志は、むろん次郎だけのものではなかった。気の強い塾生たちの中には、次郎ほどの反省力や責任感がないせいもあって、あからさまにそれを口に出していうものも決してまれではなかった。それがいっそう次郎をなやました。かれは自分自身の闘志にたえずなやまされつつ、その同じ闘志が他の塾生たちの心にきざすのを注意ぶかく警戒《けいかい》していなければならなかったのである。
そのために、かれはもうこれまでのように、ひまさえあると自分の室にばかりとじこもっているというわけにはいかなかった。かれは塾生たちの気持ちの動きを知るために、かれらとの個人的|接触《せっしょく》の機会をできるだけ多くすることにつとめなければならなかった。このことは、自然かれをいくらか饒舌《じょうぜつ》にし、一見いかにも快活らしく見せた。しかし、それが見かけだけのものであったことは、かれ自身が一ばんよく知っていたのである。
こうして、ついに約束《やくそく》の土曜日が来た。天気は快晴というほどではなかったが、この季節の武蔵野《むさしの》にしては、風も静かで、割合あたたかい日だった。準備は昨夜までにすっかりととのっていたので、塾生たちの気分には十分のゆとりがあり、午前中は、外来講師小西先生の民芸に関する講義も落ちついてきいた。小西
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