はいつも親切で、二人の将来の家庭生活の夢《ゆめ》を語るというようなことこそなかったが、思想・文芸などの話から、かなり突《つ》っこんだ人生問題などにふれたこともあり、道江は最後まで何か新鮮《しんせん》な明るい光につつまれたような気持ちで日を過ごした。ただ、退京の前夜、恭一が宿にたずねて来て、荷造りをしている道江をあとに残し、父だけを誘《さそ》って外に出たが、二時間あまりもたって帰って来た父が、いやに考えぶかそうな顔をしており、口もあまりきかなかったので、それが道江にはちょっと気になった。しかし、翌日、東京駅に見おくってくれた恭一は、道江に対しては、これまでと全く変わりはなかった。ただ、父とのあいだは何かしら気まずそうで、気のせいか、あいさつもぎごちなく思われた――。
「私はそれでいよいよ気がかりになりましたが、それでも、それが私自身の問題に関係のあることだとは夢にも思っていませんでした。ところが、列車が静岡をすぎたころになって、それまで眼をつぶってばかりいて、ほとんど口をきかなかった父が、だしぬけに、お前はこれまで恭一君といっしょになるつもりでいたんだろうね、とたずねるのです。それがあんまりだしぬけであり、また、事がらが事がらだけに、私はもちろん返事ができませんでした。私がその時どんな顔をしたか、今から自分で想像してみましても、まるで見当がつきません。ただ、覚えていることは、父がそれっきり、また眼をつぶってしまい、おおかた十分近くもおたがいに口をききあわなかったことです。それほど私はその一言をきいただけで自分を取り失っていたのでした。沈黙のあとで、父は、今度はしいて笑いを浮《う》かべながら話しだしました。私は今、父がどんな言葉をつかい、どんな順序で話したのか、とても思い出せませんが、私の頭にはっきり残りましたことは、恭一さんは私と結婚《けっこん》することなど夢にも思っていらっしゃらない、それどころか、ご自分と非常にお親しいお友だちで、死ぬほど私のことを思っていてくださる方があるから、私にぜひその方との結婚のことを考えてみるように熱心におすすめくだすった、ということでした。そのお友だちがだれだかは私にはわかりません。父は私にそれを申しませんでしたし、私もたずねて見る気にもならなかったのです。」
次郎は、それ以上読み進む勇気がしばらくは出なかった。
かれの気持ちは、非常に複雑だった。まず第一に、かれは恭一のやり方がきわめて愚劣《ぐれつ》であり、自分に対するこの上もない侮辱《ぶじょく》であると思った。自分が道江を思っていることは、道江の父にはもうはっきりわかっているにちがいない。それがまだ道江にはわかっていないとしても、いつかは彼女《かのじょ》の耳にもはいるだろう。その時の道江の顔を想像しただけでも、身がちぢむような気がするのだった。しかし、また一方では、道江が、「お友だちの名をたずねてみる気にもならなかった」と書いているのには、ある怒《いか》りを感じないではいられなかった。これが死ぬほど自分を愛している者に対する態度だろうか。かりに彼女の父があからさまに真実を語ったとしたらどうだろう。それでも彼女はそうした冷淡《れいたん》な態度に出られるのだろうか。もし出られるとすると、彼女にとって自分は一たい何なのだ。いや自分にとって彼女は一たい何なのだ。――そこまで考えると、恭一のやり方の愚劣さに対する怒りは、その底に、自分で意識しない嫉妬《しっと》の感情を波うたせて、いよいよ昂《こう》じて行くのであった。
かれは、しかし、懸命《けんめい》に自分を落ちつけて先を読んだ。今となっては、手紙を読みやめるのが卑怯《ひきょう》なような気がしたのである。
「そのあと、親子二人がどんな汽車旅行をつづけたか、また家に帰りついてから今日までの日々を、私がどんな気持ちですごしたか、それはいっさい次郎さんのご想像にお任せいたします。ただ私がこの数日間に考えましたことの中で、ぜひ次郎さんに知っておいていただきたいことがあります。それは、私のこれまで抱《いだ》いて来た希望が、全く根のない切り花のようなものであったとしましても、私はその希望を恥じても悔《くや》んでもいないということです。むろん、根のないものを根があるように信じこんでいた私の愚かさは、笑われても致《いた》し方ありません。しかし、その愚かさの中で育った希望そのものは、私にとっては、もう決して愚かな希望ではないのです。それどころか、それは私の生命の花であり、私の生命のあるかぎりは、たとえ根はなくとも決して枯《か》れることのない花なのです。私はその花を、根のないままに私の胸にさして一生を終わりたいとさえ思っているのです。次郎さんは、それを少女の感傷にすぎないとしてお笑いになるでしょうか。」
次郎は笑うど
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