焼きすてようと思ってみただけで、焼きすてたあとに感ずるであろう不安が、現在の不安以上の力をもってかれにせまって来るのだった。かれは封書を前にしたままながいこと迷った。迷えば迷うほど、一方では自分のふがいなさが感じられて、腹だたしくも悲しくもなった。かれは何かにしがみつきたい気持ちだった、そして、いつの間にか、「歎異抄《たんにしょう》」の中のいろいろの言葉を心の中でくりかえしていた。くりかえしているうちに、
(そうだ、自分の「はからひ」なんか、なんの力にもなるものではない。)
 と、そんな考えが自然にかれの頭をかすめた。この場合、それは実は、かれ自身に対する言いわけ以上のものではなかったのかもしれない。しかし、それでも一つの救いであったにはちがいなかった。かれはとうとう思いきって封を切った。
 手紙には、帰郷のあいさつらしい文句はどこにもなく、最初から次郎を息づまらせるような言葉ではじまっていた。
「こんなお手紙を差しあげては、次郎さんはきっと私を軽蔑《けいべつ》なさるだろうと思いますけれど、次郎さんよりほかに、今の私の気持ちを訴えるところがありませんから、軽蔑されるのを覚悟《かくご》の上で、思いきって書くことにいたしました。どうか私のこの気持ちをお察しくだすって、おいやでも、読むだけは、最後までお読みくださるよう、切に切にお願い申します。」
 この書き出しを見ただけで、次郎はもう、道江がこれから自分に訴えようとする問題の中心が何であるかを想像し、自分がその問題について第三者的立場に立たされていることを、はっきり意識した。それはにがい、そして冷たい味のする意識だった。封を切る時に、かすかながらもある期待をかけていた自分の甘《あま》さに対する自嘲《じちょう》が、そのにがさと冷たさとを倍加した。かれの眼は、しかし、そうであればあるほど鋭《するど》く手紙の上に光っていた。
 手紙の文句はふしぎなほどの冷静さをもってつづられていた。次郎はかつて道江を平凡《へいぼん》な女だと思ったことがあったが、読んで行くうちに、その平凡さのおどろくべき成長を見せつけられ、それに一種の威圧《いあつ》をさえ感ずるのだった。
「……実は私は、女学校を卒業前後から、いつとはなしに、恭一《きょういち》さんと私とは許婚《いいなずけ》の間柄《あいだがら》だとばかり信じて来ました。今になって考えて見ますと、あらたまってそれを私に言って聞かしてくれた人はだれもありませんので、全く私の思いちがいだったのかもしれません。もしそうだとすると、私の軽はずみを恥《は》じるほかないような気がいたします。しかし、これは次郎さんもたぶんおわかりくださることだろうと思いますが、親類中が、私にそう信じこませるような空気を作っていたことも事実だと思います。私は、自分の家にいても、大巻《おおまき》の姉の家や次郎さんのお家をおたずねしても、何かにつけ、そうとしか思えないようなことを耳にして、よく顔をあからめたものでした。その中には、だれがどんな場合にどういうことを言ったのかさえ、今でもはっきり思い出せるものも少なくはないのです。女というものは、そういうことについては男よりずっと敏感《びんかん》だということを次郎さんがお認めくださるなら、私が恭一さんと許婚の間柄だと信じこんでいたのも無理はない、とお許しいただけるのではありますまいか。そしてそれをお許しいただけますなら、私が恭一さんをお慕《した》い申しあげる気持ちがそのために日に日に深まっていって、今ではそれだけが私の生きる力になっている、と申しあげても、きっとおさげすみにはならないだろうと信じます。」
 次郎は、こうした理詰《りづ》めの言葉がつづけばつづくほど、かえって道江の苦悩《くのう》の深さを感じた。一心不乱になって色青ざめている額の下から、二つの眼がじっと自分のほうを見つめているような気さえするのだった。
「しかし、何という愚《おろ》かな私だったことでしょう。私はこれまで、私の希望をつなぐために何よりもかんじんな、というよりは、それを忘れては何もかもが空になるような、ただ一つのよりどころを、私自身ではっきりたしかめることを忘れていたのです。私はながい間、いわば根のない希望の花を胸にさして、水だけを周囲の人たちに注いでもらっていたようなものでした。そのことをはっきり知らされたのは、ついこないだ上京して帰りの汽車の中だったのです。」
 そのあと、道江の手紙は、上京から退京までのことをかなりこまかに記していたが、それを要約すると、――
 道江は幸福に胸をふくらまして上京した。そして滞在中《たいざいちゅう》は、父が用事で忙《いそが》しかったために、たいていは恭一の案内で見物や買い物に出かけ、その間に、二人きりで食事をすることもまれではなかった。恭一
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