じてばかりでなく、かなり以前から文部省を通じても加えられており、その間に処しての田沼理事長の苦労が一通りでなかったことを知った。
夜の研究会には、小川先生も自ら進んで加わった。
討議は、なまなましい異変を中心題目にして、最初から興奮の渦《うず》をまいた。塾生の大多数は、どうなり友愛塾生活の意義だけは理解しており、不十分ながらもその実践《じっせん》にも努力して来たのであるが、それがかれらの生活感情に焼きついて動かないものになるまでには、まだ多くの時日を必要とした。かれらの血を染めているのは、何といっても過去の社会|環境《かんきょう》であり、軍国主義的指導者によって植えつけられた思想であった。ことに最近は独逸《ドイツ》のナチズムや伊太利《イタリー》のファッシズムの大波に上下をあげてもまれている時代であり、その影響《えいきょう》にくらべると、まだ一か月にも足りない友愛塾生活の影響など物の数ではなかった。ちょっとしたきっかけさえあれば、それはあとかたもなく消え去るような、根の浅いものでしかなかったのである。したがって、かりに田川大作のような狂熱的《きょうねつてき》青年がいて、血涙《けつるい》をふるって叛軍《はんぐん》に同情するようなことがなかったとしても、塾生たちが冷静でありうる道理がなかった。事実、かれらの半数は、田川の側に立って激《はげ》しい意見を述べ、他の半数も叛軍の行動には、かなり批判的でありながら、あからさまにそれを叛軍と認めるには忍《しの》びない、といった意見であった。こうして、意見は塾生相互の間で戦わされるよりも、むしろ、朝倉・小川の両先生と塾生たちの間に戦わされる場合が多かったのである。
二人の先生の言葉の調子は、その風貌《ふうぼう》の異なるように異《ちが》っていた。朝倉先生の澄んだ張りのある声は、水のようにさわやかに流れ、小川先生のさびた低い声は、ごつごつと石がころがるように断続した。しかし、両先生が、あくまでも真剣《しんけん》にかれらと取りくみ、かれらのどんな言葉に対しても熱心にうけ答えをしたという点では、変わりはなかった。こうした場合、塾生に十分ものを言わせなかったり、言うことを聞き流しにしたり、冷笑をもって迎《むか》えたりすることが、どんな結果をもたらすかを、両先生ともよく心得ていたのである。しかし、さればといって、両先生は、その真剣さと熱心さのために、感情的興奮に駆《か》られてはげしい言葉づかいをするようなことは決してなかった。真剣であり熱心であるということと、冷静であり理性的であるということを一致《いっち》させることの困難さを、両先生は、その教育的信念と年齢《ねんれい》とによって、すでに十分|克服《こくふく》していたのである。
だが、両先生のそうした真剣さと聡明《そうめい》さとにもかかわらず、塾生たちの興奮は、なかなか治まらなかった。どうなり治まりかけたかと思うと、だれかのちょっとした刺激的な発言によって、またすぐ火がつくといったぐあいであった。青年の集団では、一般《いっぱん》に理知よりも激情《げきじょう》が勝利をしめがちなものだが、とりわけ説得者が大人であり、青年自身の中からその強力な支持者が一人もあらわれない場合、理知の勝利はほとんど絶望的だとさえ言えるのである。だから、もし塾生の中に大河無門や青山敬太郎のような青年たちがいなかったとしたら、両先生も、わずか二時間ぐらいの研究会では、政治に対する青年団のあり方について正しい結論を引き出しうるまでに、かれらの気分を落ちつけることができなかったかもしれないのである。
この研究会における大河無門のはたらきは、実際すばらしかった。かれは、ひる間の読書会のおりに読みあげた「夜話」の一節をもう一度くりかえし、政治革新のために暴力を用いることの罪悪を痛論するとともに、いっさいの建設は個々人が脚下《きゃっか》を照顧《しょうこ》しつつ、一隅《いちぐう》を照らす努力を払《はら》うことによってのみ可能であることを力説し、最後にそれを青年団と政治の問題に結びつけた。
「青年団の政治革新への協力の第一歩は、青年団自体の、共同生活をみごとに組織だてることであり、つぎは郷土社会の実体を研究して、その将来の理想化を準備することである。もしこの二つのことに十分の成功を収めるならば、府県政や国政の腐敗《ふはい》堕落《だらく》はおのずからにして救われるであろう。」
要するに、これがかれの結論であった。かれはこの結論を引き出すために、巧《たく》みに「夜話」の中の言葉を利用した。そして、その間にかれが示した気魄《きはく》と機知と、明徹《めいてつ》な論理と、そして自然のユーモアとは、異変に眩惑《げんわく》されていた塾生たちを常態に引きもどすのに大きな役割を果たしたのである。
青山敬太
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