頭のきりかえができていないからだ、それには青年の指導者に大きな責任がある、とかいって、大変、息まいていられそうです。」
「なるほど。それで、そういうことをまずここの理事長と話し合おうというのですね。」
「荒田さんの電話では、ここの理事長のほかに、小関君が相談にのるらしいのです。」
 小関というのは、古い文部|官僚《かんりょう》で、こちこちの国家主義者としてその名が通っており、在官中から「興国青年塾」という私塾を腹心《ふくしん》の教育家に経営させ、退官後は、自らその指導の中心になっている人であった。友愛塾に対しては、その創設当時から好感をもっていない一人だった。人物は、正直そうに見えて策《さく》があり、それに神経質なところもあって、気にくわないことがあると、いつまでも陰気《いんき》に押しだまっているといったふうであった。したがって、友愛塾の関係者は、これまでなるべくその人との接触《せっしょく》をさけるようにして来ていたのである。
「小関さんが?」
 と、朝倉先生はかなりおどろいたらしく、
「理事長も、荒田さんと小関さんの二人を相手では、お骨が折れるでしょう。これは、ひょっとすると、全国的連合組織に名をかりて、友愛塾を窒息《ちっそく》させる算段かもしれませんね。」
「私もそれを心配しているんです。じつは、もうずいぶん前のことですが、ある会合で小関君と偶然《ぐうぜん》隣《とな》りあわせにすわったことがあったんです。その時、小関君は私に青年塾の話をしだして、現在東京付近にある青年塾で、最も特色があり、各方面の注目をひいているのは、興国塾と友愛塾の二つだと思うが、お互《たが》いに塾そのものの内容をいっそう充実《じゅうじつ》させるためにも、また、双方《そうほう》の塾生が地方に帰ってから気持ちよく提携ができるようにするためにも、今後は二つの塾がもっと連絡を密にする必要がある、といったような意味のことを言っていました。私は、それを正面から受け取って、小関さんにしては珍《めずら》しいことを言うと思って感心してきいていましたが、今から考えると、もうそのころから、何か変なことを考えていたんじゃないかという気がしますね。」
「連絡を密にするということでは、実は私にも小関さんから一度お話がありました。ところが、その具体的な方法というのが、おりおり日を定めて、双方の塾生を交換《こうかん》して指導したり、あるいはいっしょにして討論会みたようなことをやらせたりしようというのですから、こちらとしては、どうもお受けするわけには行かなかったのです。」
「ふうむ。そんなことで友愛塾を押しつぶそうなんて、小関君もなかなかの自信家だな。すると、今度もその手で来るかもしれませんね。」
「そういうことも考えられますが、まさか理事長がそれをご承諾《しょうだく》なさるようなことはありますまい。」
「ええ、それはだいじょうぶ。しかし今度は理事長もお骨が折れますね。何しろあの荒田老人が正面きって口をききだしたんですから。」
 それまでだまって二人の話をきいていた朝倉夫人が、涙声《なみだごえ》になって言った。
「ほんとうに、田沼先生のお気持ちはどんなでございましょう。先生は、どういう方に対しても、けんか別れなんか決してなさらない方ですし、そして守るところはちゃんとお守りになる方だけに、なみたいていのご苦心ではなかろうと思いますわ。」
 次郎は、むろん、田沼先生の強い面もあたたかい面も、もう知りすぎるほど知っていた。しかし、先生が大きな難局に当面して、その二つの面を、実際にどう調和して行くかを、まのあたりに見たことがなかった。かれは、眼をふせて、三人の対話の様子を想像した。荒田老の怪物《かいぶつ》のような顔とならんで、まだ一度も見たことのない小関という人の顔がうかんで来たが、それは血色のわるい、頬《ほお》のこけた胃病|患者《かんじゃ》のような顔で、眼だけがいやに光っていた。その二人と向きあっている田沼先生の顔は、にこにこ笑っているようでもあり、ゆたかな頬を紅潮さして、きっと口を結んでいるようでもあった。
「でも、田沼先生にはちゃんとしたお考えがおありでございましょうし、あたしなんかが、こんなことご心配申しあげるの、かえって失礼でございますわね。ほほほ。」
 と、朝倉夫人はさびしく笑ったあと、次郎のほうを向いて、
「あたしたち、こういう時に、しっかり世の中のことを勉強さしていただきましょうね。いい機会ですわ。」
「ええ。」
 と、次郎はうなずいたが、いかにも心細そうな、元気のないうなずき方だった。
 それから間もなく、朝倉夫人は炊事《すいじ》のほうの用で塾長室を出て行き、あとは三人で夕食になるまで話しこんだ。その話の間に、次郎は、友愛塾に対する軍部の圧迫《あっぱく》が、荒田老や小関氏を通
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