江に対して注ぐことを心から希望する。それは同時に、ぼくに対する大きな愛情でもあるのだ。」
 かれはそれを封筒《ふうとう》に入れて封をした。が、上書《うわが》きを書こうとして、何かにはっと気がついたように、ペンをにぎったまま、その封筒を見つめた。
 しばらく考えたあと、かれはその封筒を、手紙ごとめりめりと裂《さ》き、もみくちゃにし、さらにすたずたに裂いて屑籠《くずかご》に投げこんだ。
 それからまた、便箋を前にして、じっとどこかを見つめていたが、やがてかれの頬《ほお》には冷たい微笑が影《かげ》のように流れた。そして一気に記されたのはつぎのような文句であった。
「君の手紙を見て、ぼくは失笑《しっしょう》を禁じ得なかった。とんでもない誤解だ。しかも君は、ぼくに対する判断を誤まっているばかりでなく、道江に対する判断をも誤まっている。ぼくの場合は、笑ってもすませるが、道江の場合は、そうはいくまい。道江にとっては、それはおそらく致命的《ちめいてき》な打撃《だげき》を意味するだろう。おそろしいことだ。ぼくは、道江の一生の幸福のために、婚約|拒絶《きょぜつ》について、君の再考を祈ってやまない。それは同時に君自身の幸福のためでもある、とぼくは信ずるのだ。――なお、これはついでだが、こないだちょっと話したこと(ぼくが塾の助手をやめる問題)は、もっとぼく自身でよく考えてみたい。君や大沢《おおさわ》さんに相談する必要があったら、あらためて通知するから、それまでは気にかけないでおいてくれ。このことを道江の問題などと結びつけて考えてもらうのは、むしろ滑稽《こっけい》だ。」
 かれは封筒を書きおわると、今度はすぐ切手をはって、事務室に備えつけてある発信ばこに投げこんだ。――午後二時半になると、郵便物当番の塾生が、その中のものをひとまとめにして、近くの郵便局にもって行くことになっているのである。
 間もなく板木《ばんぎ》が鳴った。午後は屋外作業で、くぬぎ林の枝《えだ》をおろして薪《まき》を作る予定になっていたのである。塾生たちは、いったん玄関《げんかん》前に集まり、班別にわかれてすぐ作業にとりかかった。
 入塾後、すでに二週間近くになっていたので、作業は割合順序よく運ばれた。木にのぼって枝をおろすもの、おろされた枝を一定の場所に集めるもの、集められた枝を適当な長さに切るもの、切られた枝を縄《なわ》でゆわえるもの、ゆわえられた束《たば》を薪小屋に運んで整理するもの、とだいたい五つの班にわかれていたが、管理部の人員の割り当てに、多少の誤算があり、はじめのうちは手持ちぶさたの塾生や、忙《いそが》しすぎる塾生がないでもなかった。しかし、そのでこぼこも、間もなく修正された。
 朝倉先生も、次郎も、むろん作業に加わった。こうした場合、二人は決して計画したり、指揮《しき》したりする側にはたたなかった。それどころか、一般《いっぱん》の塾生たちと同じように、それぞれどの班かに割り当ててもらって、班長の指揮の下《もと》に働くようにしていたのである。もっとも、全体の様子を観察する必要から、比較的自由な立場にいたことは、言うまでもない。
 次郎は木のぼりの班に加わり、朝倉先生は薪小屋整理班に加わっていた。
 木にのぼって、鋸《のこぎり》をひきながら、次郎は、たえす、恭一にあてて書いた手紙のことばかり考えていた。
(もし恭一の手紙にあるように、道江の自分に対する気持ちに、いくらかでも望みがあるとすると――)
 そんな仮定がいくたびとなくかれの頭の中を往復した。ばかな! と、そのたびごとに自分を叱《しか》ってはみるが、しばらくたつと、いつのまにか、また同じ仮定がかれの心にしのびこんでいるのだった。そして、
(何もあわてて返事を出す必要はない。出してしまったらもう取りかえしがつかなくなるのだ。)
 と、そう考えて、いそいで木をおり、事務室の発信ばこのほうにかけつけたくなったことも、一度や二度ではなかった。
 しかし、また一方では、恭一の手紙を信じようとする自分の甘《あま》さを思った。それを信じて返事をおくらしたために、自分の本心を恭一に見ぬかれるということは、かれの自尊心がゆるさなかったのである。
 かれは、枝を一本おろすごとに、自分の腕時計《うでどけい》を見た。最初見たときには、二時間半までには、まだ四十分以上の時間が残されていたので、かれの気持ちには、かなりのゆとりがあった。しかし、十五分、十分と、残された時間が少なくなるにつれ、かれの焦躁感《しょうそうかん》はしだいに高まって行った。そして、いよいよその時刻が来て、郵便物当番が塾堂の玄関に自転車をひき出して来たのを見ると、かれはもう、枝をおろすのを忘れて、何かにつかれたように、一心にそのほうに目をこらしていた。
(やっぱり、もう一度
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