。いや、無意味だけですめばまだいいが、あるいは君の怒《いか》りを買うようなことになるかもしれない。しかし、ぼくとしては、結果がどうであろうと、ともかくもいちおうこの手紙を書かないではおれないような今の気持ちなのだ。会って話をすれば、事情がはっきりして、一方的な判断で、無意味な、あるいは危険な手紙を書いたりする必要がないではないか、と君は言うかもしれない。それはその通りだ。ぼく自身、一応も二応もそう考えてみないではなかった。しかし率直《そっちょく》に言うと、ぼくは実は、会って話をすると、君が君の本心をいつわって、ぼくの君にたいする判断を、頭から否定してかかるのではないか、と心配したのだ。もしそういうことになれば、ぼくは二の句がつげなくなる。むろん君の否定が真実であれば、ぼくが二の句がつげないのは当然なことで、ぼくはただ君に対して陳謝《ちんしゃ》するほかはない。しかし、万一にも、ぼくの心配があたっているとすると、ぼくが二の句がつげないということは、あるいはぼくたち二人にとって一生の不幸を意味することになるかもしれないのだ。真実を語ればかえって物ごとの解決が困難になるという場合、それを語らないのは、むろんいいことにちがいない。しかし、真実がわかりさえすれば、わけなく解決の道が発見されそうに思えるのに、それをかくしておいて、一生の不幸を見るということは、何というばかげたことだろう。ぼくはそういう気持ちで、一方では君の怒りを招くという危険をおかしながらも、思いきってこの手紙を書くことにしたのだ。つまり、ぼくは君にはひとまず物を言わせないで、言いかえると、君の本心をいつわる機会を君に与《あた》えないで、ぼくの言いたいことだけを言ってしまう方法として、この手紙を書くことにしたのだ。だから、そのつもりで、ともかくもいちおう最後まで眼《め》をとおしてもらいたい。」
次郎には、そうした前置きがもどかしくもあり、気味わるくも感じられた。恭一がふれようとする問題が、道江のことにちがいないという気もしたし、また一方では、まさかという気もしたのである。まさかという気がしたのは、自分が道江に対して抱《いだ》いている気持ちを恭一が知っていようはすがない、と思っていたからである。
しかし、恭一の手続は、そのつぎの行では、残酷《ざんこく》なほどあからさまだった。
「君は道江を愛している。これが、ぼくの君に対する判断だ。ぼくはまずそのことをはっきり言っておきたい。」
いきなりそんな文句があった。その文句を見た瞬間《しゅんかん》、次郎は、眼のまえに炎《ほのお》が渦巻《うずま》くような気がして、しばらくはつぎの文字を見ることができなかった。
「この判断には、しかし、たしかな根拠《こんきょ》はない。ただ、先日君をたずねたあとで、直観的にそう判断したまでのことだ。しかし、ぼくだけでは、この直観にあやまりはないという気がしている。むろん、ぼくは、あの日最初から君をそう思って観察していたわけではない。じつは、君に塾内を案内してもらっていた間に、君の道江に対する態度のあまりにもよそよそしいのに気がつき、なぜだろうと思ったのがはじまりで、そのあと、ぼくはかなり注意ぶかく君の一挙一動を見まもっていたのだ。すると、君にはまるで落ちつきがなかった。君は何の原因もないのに、いつもおどおどしていた。かと思うと一人で何かに腹をたてているようにも思えた。君はただの一度も君のほうから道江に言葉をかけなかったばかりか、まともに道江の顔を見ることさえしなかった。ぼくたち兄弟のなかでだれよりも道江に親しかったはずの君が、何年ぶりかで会ったというのに、あんな態度に出るからには、何かよほど重大な理由がなければならない。ぼくは、あの時、そう思わないわけには行かなかったのだ。しかし、あの日君とわかれるまで、その理由が、何であるかには思いあたらなかった。ただぼんやり、道江が何かひどく君を怒らせるようなことをしたにちがいない、と考えていたのだ。もっとも、別れぎわになって、君が急に友愛塾をやめたいというようなことを言いだしたときには、理由はそんな単純なことではない、という気がしないでもなかった。しかし、それも、君のそうした考えが以前からのものではなく、その日の急なでき心だと知ると、やはり道江と結びつけて考えてみないではいられなかったのだ。――」
「で、ぼくは帰る途中《とちゅう》、道江にそれとなく、君との間に何かいきさつがありはしなかったか、とたずねて見た。そして、あの時の道江の答えによって、ぼくは非常におどろかされたのだ。道江の言うところでは、君は、上京以来、郷里のいろんな人たちに、かなり多くの通信をしているにかかわらず、道江に対してだけは、葉書一枚も書いていないし、道江のほうから通信をしても、受け取ったとい
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