ます。――みいん――みいん――みいん――」
 と、蝉の鳴き声をたて、その声にあわせて、ぶるぶるとからだをふるわせた。声だけは、いかにも蝉らしかったが、からだのほうは、まるで小牛が身ぶるいしているような格好《かっこう》だった。みんな腹をかかえて笑った。その笑い声の中を、大河は、相変わらず、くそまじめな顔をして自分の席にもどり、とぼけたようにあたりを見まわした。それでもう一度笑いが爆発した。
 この席には、炊事夫の並木《なみき》夫婦《ふうふ》や、給仕の河瀬も加わっていて、みんなそれぞれに何か一芸をやった。最後に、次郎と朝倉先生夫妻の三人だけが残されていた。
「本田さん、まってました。」
「先生、お願いします。」
「小母《おば》さんも、どうぞ。」
 塾生たちがほうぼうから叫《さけ》び、拍手《はくしゅ》が何度も鳴りひびいた。
 いつもなら、次郎がすぐ立ちあがって何かやるところだったが、今日は変に立ちしぶっていた。すると、朝倉先生が、急にいずまいを正し、謡曲《ようきょく》でもやりだしそうな姿勢になった。みんなは急にしんとなって、片唾《かたず》をのんだ。
「猛虎《もうこ》一声、山月高し――」
 朗々《ろうろう》たる詩吟《しぎん》の声が流れた。ところが、詩吟はそれっきりで、そのあと先生は、ひょいと畳《たたみ》に両手をついて四つんばいになった。そして首を前につき出し、しばらく塾生たちのほうをにらめまわしていたが、いきなり、その咽《のど》から、
「うおーっ」
 と、窓ガラスを振動させるような、すごいうなり声がほとばしり出た。これは先生がいつもやるたった一つのかくし芸だったが、はじめての塾生たちの中には、虚《きょ》をつかれて、思わず首をちぢめたり、「ひやッ」と叫び声をあげたりするものもあった。今夜もそうだった。しかし、あとは笑い声と拍手の音がながいこと室内にうずをまいた。
 笑い声がしすまりかけると、塾生のひとりが言った。
「先生、それは先生の郷土芸術の一つですか。」
「まあ、そんなものだ。」
「何だか、あいまいですね。」
「私は、子供のころ、父が転任ばかりして、ほうぼううろついていたものだから、実は、郷土というほどの郷土を持たないんだ。今のところ、しいて郷土を求めるとすれば、この塾の近所がそうかな。」
「じゃあ、ここいらの民謡でも。」
「そいつは無理だ。ここに落ちついてから、まだながくならんのでね。それに、第一、こんなに東京に近いところでは、民謡なんか、残っているはずがないよ。」
「今度は小母さんの番だ。お願いしまあす。」
 だれかが夫人のほうに鋒先《ほこさき》を向けた。
「あたしも郷土芸術はだめ。」
「何でもいいんです。」
 すると、すみのほうから、
「猫《ねこ》の鳴き声。」
 と、小声で言ったものがあった。笑いがまた爆発した。朝倉夫人も笑いながら、
「猫の鳴き声なんか、陰気《いんき》じゃありません? それよりか、ここには友愛塾|音頭《おんど》というのがありますから、あたしそれをご披露《ひろう》しますわ。」
 一せいに拍手がおこった。夫人は、
「では、本田さん。」
 と、次郎に目くばせした。次郎は自分のそばにおいていたガリ版刷りを塾生たちに渡《わた》した。それには音頭の歌詞《かし》が印刷してあったのである。
 ガリ版刷りがみんなにゆきわたったころには、次郎は、もう、室の隅《すみ》に据《す》えてあったオルガンの前に腰《こし》をおろしており、先生夫妻と、炊事《すいじ》の並木夫妻と、給仕の河瀬の五人が、室の中央に輪を作って立っていた。
 やがて、オルガンにあわせて、五人は歌をうたいながら、踊《おど》りだした。手ぶりや、足のふみ方や、ぐるぐるまわって行進したり、あともどりしたりするところなど、すべては盆踊《ぼんおど》りそっくりだった。歌の文句は朝倉先生と次郎の合作《がっさく》で、つぎの四節から成っていた。

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板木《ばんぎ》鳴る、鳴る。浄《きよ》めの朝だ。
こころしずめて打つかしわ手は、
わかい日本の脈音だ。
くぬぎ、赤松《あかまつ》、ほのぼの白みゃ、
さあさ、世界のあけぼのだ。

板木鳴る、鳴る。張りきる胸だ。
咲《さ》いたつつじが照る日に燃えりゃ、
わかい日本の血の色だ。
真理《まこと》もとめて走ろか、友よ。
さあさ、世界の駈《か》けくらだ。

板木鳴る、鳴る。そら飯時《めしどき》だ。
色は黒ろても、半つき米は、
わかい日本の持ち味だ。
腹ができたら、ひと汗《あせ》かこか。
さあさ、世界の地固めだ。

板木鳴る、鳴る。日暮《ひぐ》れの杜《もり》だ。
一風呂《ひとふろ》あびて円坐《えんざ》を作りゃ、
わかい日本のいしずえだ。
語れまごころ、歌えよのぞみ。
さあさ、世界の平和《やわらぎ》だ。
[#ここで字下げ終わり]

 五人の
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