、集団の意志をねりあげ、共同の生活をもりあげていこうという、この塾の第一の眼目《がんもく》が、光りすぎた一人物の圧倒的《あっとうてき》な影響力《えいきょうりょく》によって、自然にくずれてしまうのではあるまいか。そうしたことが気づかわれたのである、
 で、先生は最初、大河につぎのような意味のことを答えた。
「君のような人に、この塾の生活を十分理解してもらうということは、学校教育にも何かきっとプラスになることだと信ずるし、その意味で、むろん私としては、大いに歓迎《かんげい》したい。しかし普通《ふつう》の塾生として来てもらうには、君はもうあまりにレベルが高すぎる。こちらとしては取り扱《あつか》いにも困るし、君としても物足りない気持ちがするだろう。で、学校の手すきの時に、おりおり見学といったようなことでやって来てはどうか。ここには君よりも三つ四つ年の若い助手が一名いるが、その助手に協力するといった立場で、見学してもらえば好都合だと思うのだが。」
 大河は、しかし、そのすすめには全然応ずる気がなかった。かれは言った。
「僕《ぼく》はこれからの僕の教育生活の方向|転換《てんかん》をする決心でお願いしているんです。そのためには、見学というような、なまぬるい立場では、どうしても満足できません。青年たちが共同生活をやって行く時の心の動きを、よかれあしかれ、その生活の内部からつかんでみたいんです。また、僕自身でも、青年たちと同じ条件で、その体験をみっちりなめてみたいんです。塾の根本方針は、お話で十分わかりましたし、むろん、出しゃばってリーダーシップをとったりするようなことは、絶対にいたしません。僕の学歴や職業が、ほかの塾生たちに何かの先入観を与《あた》えるというご心配がありましたら、ごまかしては悪いかもしれませんが、履歴書《りれきしょ》には何とか適当に書いておくつもりです。青年団生活にはまるで無経験ですし、ついでにそういうことも書きこんでおけば、青年たちに買いかぶられる心配もないだろうと思います。」
 朝倉先生も、そうまで言われると、むげに拒《こば》むわけにはいかなかった。現職をなげうっても、というかれの決意には、冒険《ぼうけん》だという気がしないでもなかったが、一方では、かれほどの人物であれば、将来はまた何とでもなるだろう、という気もして、ついにその希望をいれてやることにしたのであっ
前へ 次へ
全218ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング