みこころ》」という言葉を口にしたが、その時だけは直立不動の姿勢になり、声の調子もいくぶん落ちつくのだった。しかし、佩剣の伴奏がもっとも激《はげ》しくなるのは、いつもその直後だったのである。
 かれの意図《いと》が、塾の精神を徹底的《てっていてき》にたたきつけるにあったことは、もうむろん疑う余地がなかった。かれは、しかし、真正面から「友愛塾の精神がまちがっている」とは、さすがに言わなかった。かれはたくみに、――おそらく、かれ自身のつもりでは、きわめてたくみに、――一般論《いっぱんろん》をやった。そして、なおいっそうたくみに、――もっとも、この場合は、かれ自身としては、たくらんだつもりではなく、かれの信念の自然の発露《はつろ》であったかもしれないが、――「国体」とか、「陛下」とか、「大御心」とかいう言葉で、自分の論旨《ろんし》を権威《けんい》づけることに努力した。
「日本の国体をまもるためには、国民は、四六時中非常時局下にある心構《こころがま》えでいなければならない。恒久的任務と時局的任務とを差別して考える余裕《よゆう》など、少くともわれわれ軍人には全く想像もつかないことである。」
「大命を奉じては、国民は親子の情でさえ、たち切らなければならない。いわんや友愛の情をやである。」
「日本では、国民|相互《そうご》の横の道徳は、おのずから、君臣の縦《たて》の道徳の中にふくまれている。陛下に対し奉《たてまつ》る臣民の忠誠心が、すべての道徳に先んじ、すべての道徳を導き育てるのであって、友愛や隣人愛《りんじんあい》が忠誠心を生み出すのでは決してない。」
 およそこういった調子であった。
 次郎はしだいに興奮した。ひとりでに息があらくなり、両手が汗《あせ》ばんで来るのを覚えた。かれは、しかし、懸命《けんめい》に自分を制した。自分を制するために、おりおり、うしろから田沼先生と朝倉先生の顔をのぞいた。かんじんの二人の眼をのぞくことができなかったので、はっきりと、その表情を見わけることはできなかったが、のぞいたかぎりでは、二人とも、すこしも動揺《どうよう》しているようには見えなかった。かれはいくらか救われた気持ちだった。
 かれの視線は、おのずと、朝倉夫人のほうにもひかれた。夫人の横顔は、いつもにくらべると、いくぶん青ざめており、その視線は、つつましく膝《ひざ》の上に重ねている手の甲《こ
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