っ広い顔のまんなかに、つつましすぎるほどつつましく、そしてそれ故に安定しすぎるほど安定してくっついているその鼻を、校長就任のその日以来、生徒たちは「ピラミッド遠望」と呼んで鑑賞しているのであるが、それは決して的はずれの形容だとはいえない。生徒間に、それほど安定した印象をあたえているその鼻が、血書を差出した瞬間、ぴくりと動き、しかも多少額の方にずれたように感じられたというのだから、およそ、その場の光景が察しられるであろう。
 四人がこもごも語ったところを綜合すると、こうである。――
 校長は、最初鼻だけをぴくりと動かしたきり、眼玉も口も動かさなかった。眼玉はテーブルの上の血書に注《そそ》がれていたが、それを読んでいるようには思えなかった。そのうちに、結んだままの口が、うがいでもする時のように、むくむく動き出した。そして、それがやっと開いたかと思うと、しゃがれた女のような声で「これは、知事閣下にも、お見せしなけりゃならんのか。」と、わかりきったことをたずねた。田上が「むろんそうです。」と答えると、またぴくりと鼻を動かし、「こんなものを知事閣下にお見せ出来ると思うのか。君らにはまるで常識がな
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