中から一帖のザラ半紙をとり出した。新賀はその中から、いいかげんに何枚かひきぬいて、それをひらひらさせながら、
「余白がなくなったら、これに署名してくれ。あとでいっしょにとじるんだから。」
そのあと、室じゅうが急にざわめき出したが、そのざわめきの底には、異様な不安が流れていた。あるものはこわばった微笑をもらし、あるものはわざとらしく背伸びをした。中には自分の感情をいつわるだけの余裕がなく、いくぶん青ざめた顔をしているものもあった。座長席にいた田上は、誰よりも厳粛な顔をして自分の目のまえの血書を見つめていたが、急に気がついたように万年筆をとりあげ、
「じゃあ、新賀のつぎには、僕に書かしてもらおう。」
と、新賀のやったとおりのことを、かなり手ぎわよくやってのけた。
田上の血判が終ると、五六名がほとんど同時に立ち上って教卓の方につめかけた。その中には梅本や大山もまじっていた。大山は、自分の順番になるのを待っている間に、ひょいと次郎の方をふりむき、
「本田、もう君に教わらなくても、やり方がわかったよ。」
と、その満月のような顔をにこにこさせた。次郎はそれに対してすこし顔をあからめたきりだ
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