った。
署名血判は、こうしてつぎつぎに進んでいった。そして二十名近くもそれを終ったころには、室内の空気はもうまるで一変していた。それはすでに血判を終って不安から解放されたものたちが、自由な気持でふざけあったり、ペンナイフを握ったままぐずぐずしている、思いきりのわるい新血判者たちを、はやし立てたりしたからであった。
そうした空気の中で、次郎も署名した。血判には左の中指を切ったが、幸いに誰もあやしむものがなかった。紙をまきつけていたくすり指はふかく折りまげてかくしていたのである。
馬田もしぶしぶながら最後近くなってとうとう署名した。彼は血判を恐がるような男ではなかった。しかし、血書が明らかに次郎の書いたものであることを知っていたし、それに第一、ストライキがそれで封じられてしまう結果になることが残念でならなかったので、最初のうち、署名反対者が一人でもあらわれたら、それに自分も便乗《びんじょう》しようという肚でいたのだった。ところが、署名者の数がふえるにつれて室内の空気がゆるみ出し、まるでスポーツの応援でもやるような気分でひとりびとりの署名血判がはやし立てられるようになると、もう彼は反対
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