新賀は言った。
「決をとるのはまだ早い。僕はそのまえに諸君に見せたいものがあるんだ。」
みんなの視線を一身にあつめながら、彼はどたどたと大きな靴音を立てて教壇に上った。そして座長席のわきに立つと、胸のかくしから一枚の紙を引き出し、自分の顔のまんまえにそれをひろげた。それは次郎の書いた血書だった。
「見えるか。」
彼は血書を自分の胸のあたりまでさげ、その上からみんなを見まわした。みんなはのびあがるようにしてそれを見た。田上も座長席から首をつき出し、下からそれをのぞいた。ただ次郎だけが、いくらかほてった顔をして眼を机の上におとしていた。
「これは血で書いたものだ。遠方からは字がよく見えないだろうから、僕が読んでみよう。」
新賀は、そう言いながら、血書をうらがえしにして自分の方に向け、一句一句力をこめてそれを読んだ。そして読み終ると、またそれをうち返しにしてみんなの方に向け、もう一度室じゅうを見まわした。
みんなはしいんとなって一心に血書の方に眼を注いでいる。
「君が書いたれか。」
うしろの方の窓ぎわに立っていた一人が、かなりたってからたずねた。
「僕じゃない。」
「誰だ、書いた
前へ
次へ
全368ページ中61ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング