つめた。
「そこでと、――」
 と、俊亮はすぐ真顔になって、
「いよいよ相手にされなかった場合、どうする? 引っこみがつかなくなって、困りはしないかね。」
「そうなれば、困ります。」
「困るだろう。ことにおまえが一人でやる仕事でないとすると。」
 次郎は、ぴしりと胸をたたかれたような気がした。
「多数の力を借りて事を起そうとする場合には、だから、よほど慎重でないといけないんだ。さっきおまえは十分考えたうえで決心したようなことを言っていたが、そうでもなかったようだね。」
「僕は、血書をそんな弱いものだとは思っていなかったんです。」
「ふむ――」
 と、俊亮はちょっと考えたが、
「血書を出せば朝倉先生の留任はきっと出来る、と思っていたんだね。」
「ええ。たいてい出来ると思っていました。」
「今では、どうだい。」
「今でも、その希望はすてません。僕は成功すると思っているんです。」
「ふむ。」
 俊亮はまた考えた。それから、何か思いきったように、
「もし私が、おまえの血書に不純なものがあると言ったら怒るだろうね。」
 次郎にとっては、全く意外な質問だった。彼はあきれたように父の顔を見ながら、

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