「どうしてお父さんはそんなことを仰しゃるんです。」
「人間というものは、功名心のためなら自殺さえしかねないものだからね。」
次郎には、ますますわけがわからなかった。俊亮は微笑しながら、
「むろん私は、おまえの血書を不純だと断定しているわけではない。しかし、血書なんか書く人の中には、血書の目的に興奮しているよりか、血書そのものに興奮している人が、よくあるものだよ。つまり血書を書くことに変な誇りを感じるんだね。そういう人にかぎって、自分の血書を何か神聖なもののように考え、血書さえ書けば世間は何でもきいてくれると思いたがるものだ。おまえに全然そんな気持がないと言いきれるかね。」
次郎は考えこんだ。しかし、どんなに考えてみても、自分が功名心に支配されて血書を書いたような気はしなかった。
「それだけは僕を信じて下すってもいいと思います。」
彼はきっぱりとそう答えた。
俊亮は、次郎の答えに満足なのか不満なのか、不得要領な顔をして、
「じゃあ、まあ、それはそれでいいとして、おまえの希望どおりにならなかった時はどうする?」
「あきらめるよりほかありません。」
「あきらめられるかね。」
「だって
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