かまいなしに、足をぶらぶらさしているようなもんだよ。」
 次郎は思わず吹き出した。
「ところで、その権力というのが、昔はだいたい上役にあったものだが、次第に政党にうつり、今では軍人にうつろうとしている。ほかのことならとにかく、自分たちのぶらさがる天井のことだから、役人たちはよくそれを知っているんだ。今ごろは多分、古い天井の棧《さん》に一方の手をかけたまま、もう一方の手で新しい天井の棧に飛びついていることだろう。苦しい芸当さ。はたから見ていると、みじめでもあり、気の毒でもある。しかし、それを苦しいともみじめだとも思わないで、かえって得意になっでいるのが今の役人だよ。そんな役人を相手に、一中学生が血書なんか書いてみたって、何の役にも立つものではない。ことに、それが新しい権力に楯《たて》つくようなことを言った先生の弁護とあってはね。」
 次郎は、かつて小役人をしたことのある父の役人観を面白半分にきいていたが、おしまいに自分の血書があまりにも過小に評価されたような気がして不満だった。いやしくも一人の人間が血を流してつづった願いだ。それがまるで無視されるという道理はない。実は相手が役人ではだめだ
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