ございますが……」
夫人は鼻をつまらせた。そしてしばらく言葉がつづかなかったが、急に顔をあげて涙のたまった眼をしばたたき、強いて微笑をうかべながら、
「何だかめ入ってしまいますので、これでよさしていただきます。その代りに、これは私の最後のおてんばでございますが、次郎さんが、いつか私に、どなたにも秘密だとおっしゃって、こっそり見せていただいたお歌をすっぱぬくことにいたします。それは、こういうお歌でございます。」
そう言って、夫人はつぎの歌を二度ほどくりかえした。
[#ここから2字下げ]
われをわが忘るる間なし道行けば硝子戸ごとにわが姿見ゆ
[#ここで字下げ終わり]
それから、また言葉をついで、
「次郎さんは、このお歌は、白鳥会の精神とはまるであべこべな心の秘密をうたったもので、人に見せるのは恥かしい、とおっしゃいました。なるほど一ときも自分を忘れることが出来ないということは恥かしいことでございます。けれど、考えてみますと、たいていの人は、そんな人間でございます。そして、そんな人間でありながら、そのことに気がつかないで、いい気になっているものでございます。それこそなお一そう恥かしいこ
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