時には、大多数の国民は、ただ途方《とほう》にくれて右往左往するばかりだろう。永いこと目かくしをされていた良心では、その目かくしをとり去られても、急にはものの見わけがつかないからだ。そうした国民の間にまじって彼らを励まし、同時に、はっきりと彼らに将来の方向を示してやることは、どんな脅迫にも屈しないで良心の眼かくしをはねのけ、はっきりと時代の罪過《ざいか》を見つめて来たものだけに出来ることなのだ。私は、何年かの後に、そういう諸君と再会し、そういう諸君と手をたずさえて歩いてみたいと心から期待している。私は、今は、時代に反抗するようなあらわな活動を何も諸君にのぞんでいない。今は、いや、時代が極度に傾いてしまって、それ以上傾きようがなくなるまでは、むしろしずまりかえって、ただ諸君の良心の自由を守ることに専念してもらいたいと思っているのだ。」
先生の眼と次郎の眼が、また期せずして出っくわした。次郎の眼は、そのまま釘づけにされたように、先生の顔をはなれなかった。先生は、かるくその視線をはずして二三度またたきした。そしてちょっと何か考えていたが、
「しかし、良心の自由を守るということは、決してなまや
前へ
次へ
全368ページ中264ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング