? しかし、それを誰も知らなかったとしたら、どうなる。」
「少くとも、君たちだけは、現にもうそれを知っているんだ!」
次郎は、それが相手に対する強制を意味し、従って彼自身矛盾を犯しているということに気がつかないのではなかった。しかし、彼は、どうにかして留任運動を阻止しようとしている平尾の気持をさっきから見ぬいており、そのつめたい理ぜめの言葉に、馬田に対するとはべつの意味で怒りを感じていたのである。
「ようし。僕も血書に賛成だ。」
新賀がその頑丈なからだをゆすぶって言った。
「僕も賛成。」
梅木がつづいて叫んだ。
「血書は僕ひとりでたくさんだ。君たちはそれに賛成ならそのあとに血判だけ押してくれ。」
次郎がやや興奮した眼を二人の方に向けて言った。すると、今までとぼけたように、そのまんまるな顔の中に眼玉をきょろつかせていた大山が、にこにこ笑いながら、
「僕も血判をおそう。本田、どうしておすのか教えてくれよ。僕は、こんなことははじめてでわからないんだからな。」
次郎と新賀と梅本とが思わす吹き出した。
馬田はその時そっぽを向いており、平尾は出っ歯の口を狸のように結んで眼をつぶっていた
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