「血だよ。血をもって願うんだよ。」
「血だって?」
「うむ、血だ。五・一五事件の軍人たちは、相手の血で自分たちの目的をとげようとした。しかし、僕たちは、僕たち自身の血でそれを貫くんだ。」
馬田ばかりでなく、みんなが眼を見はった。次郎は、しかし、わりあい冷静に、
「僕はいろいろ考えてみたんだが、日本では昔から、何か真剣な願いごとがあると、よく血書とか血判とかいうことをやって来たね。君らはどう思うか知らんが、僕は今の場合、僕たちの真心をあらわすには、あれよりほかにないと思うんだ。」
みんな顔を見あわせてだまっている。馬田だけがひやかすように言った。
「奇抜《きばつ》だね。しかし、すこぶる野蛮だよ。」
「むろん形式は文明的ではない。僕にもそれはわかっている。しかしストライキほど野蛮ではないんだ。」
次郎も少し皮肉な調子だった。
「すると程度問題ということになるね。さっき君は、ストライキは朝倉先生を侮辱すると言って心配していたが、血書や血判は侮辱しないのかい。」
次郎はちょっと考えた。が、すぐ決然とした態度で、
「形は野蛮でも、それは朝倉先生に対する僕たちの真情をあらわす方法として、
前へ
次へ
全368ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング