いう事情もありますので、私共もこの席に顔を出さしていただくことになったわけであります。何だか変な会合だとお感じの方もおありのことと存じますが、その点あらかじめお含《ふく》みを願っておきます。」
そういう前置をして、課長は、最初のうちはいかにも周囲をははかるように声をひそめ、あとではむしろ煽動演説でもやっているように興奮した調子で、県が朝倉教諭に辞表提出を要求するにいたった事情を説明したが、その事情というのは、要するに教諭の「失言」であり、「教育者として慎重を欠いた時局批判」であり、「自由主義的反軍思想」であり、そして「生徒を反国家思想に導くおそれのある教育態度」であった。そして最後に次のようなことを言って腰をおろした。「かようなわけで、朝倉教諭には全然同情の余地がなく、退職はすでに決定的のことになって居りまして、どんな運動も絶対に無効であります。そうした事情を、みなさんが父兄としての立場から、各家庭でとくと生徒にお話し下さることが、この際何よりも大切ではないかと存じます。それでも生徒の方で運動をやめないといたしますと、それは朝倉教諭の思想にかぶれた思想運動と認めるほかありません。そう
前へ
次へ
全368ページ中153ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング