くせに、返事もなさらないのね。」
 道江はややはしゃぎかげんにそう言って、机のまえに坐った。白いセーラーの校服がすこし汗ばんでいる。右乳からすこしさがったところに、校章のバッジをつけた紅いリボンがさがっており、そのすぐ下に年級を示す4の字が小さく金色に光っていたが、次郎はそれに眼をうつしたきり、やはり默っている。
「どうかなすったの?」
「返事をしないのに、かってにあがって来るやつがあるか。」
 次郎はおこったように言った。が、すぐ、道江の眼を見ながら、
「何か用?」
「ええ、こないだ貸していただいた詩集に、意味のわからないのがたくさんあったの。」
 道江はそう言って、手提から一冊の小型な美しい本をとり出した。
 次郎は、しかし、もうその時にはそとを見ていた。そして、しばらく遠くに眼をすえていたが、
「僕、きょうはそれどころではないんだよ。」
 と、急に熱のこもった調子になり、
「大変なんだから、僕たちの学校が。」
「大変って? ……何かあったの?」
 と、道江も本を握ったまま、眼を光らした。
「朝倉先生が学校をやめられるんだよ。」
「朝倉先生? あのいつもおっしゃる白鳥会の先生でしょ
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