う。」
「そうだよ。」
「どうしておやめになるの?」
「それが僕たちにはわけがわからないんだ。」
次郎は、きょう学校で、生徒たちの間に噂されていたことのあらましを話した。それによると、つい一週間ほどまえ、朝倉先生は校長といっしょに県庁に呼び出され、知事から直接の取調べをうけたが、すぐその場で辞職を勧告された。理由は、先生がどこかの講演会にのぞみ、講演のあとで少数の人たちの座談会をやったが、その席上で、最近の大事件として世間をさわがした五・一五事件――犬養首相の暗殺事件が話題にのぼり、それについて先生が率直に自分の所信をのべたのが一部の軍人を刺戟し、憲兵隊までが問題にし出したことにあるらしいというのである。なお校長がいっしょに県庁に呼び出されたことについても、いろいろと噂がとんでいたが、現在の花山校長は、人望のあった大垣校長がこの学年の変り目に新設のある高等学校長に栄転したあとをうけて赴任して来た人で、容貌も、性質も、大垣校長とは比較にならないほど弱いところがあり、おまけに女のように疑い深くて、朝倉先生に対する生徒間の人望をいつも気にしていたので、何かその間に小細工があったにちがいない
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