すが、それはまあそうだとしても、しかし、ご用心なすった方がいいでしょう。何といっても大事なのは、根柢になる思想ですからね。それが間ちがっていたのでは、――」
「ありがとう存じます。しかし、思想の点では今のところ大丈夫だと信じています。」
「さあ、それが――」
「いや、それだけはご安心が願えるかと思います。私がこれまで見て来ましたところでは、次郎はあくまでも国家の道義のために仂きたい、不正な権力に対しては身を捨てても戦いたい、と、そういった考えでいるようですから。」
曾根少佐の長いひげがびりびりとふるえた。俊亮は平然として、
「とくに最近は、そういう考えが固い信念のようになって来たようです。それは多分朝倉先生のご感化だと思いますが、しかし、今度の事件で、実際問題にぶっつかって鍛《きた》えられたということが非常によかったと思います。その点で、私は、朝倉先生だけでなく、そういう機会を次郎にお与え下すった皆さんに、深くお礼を申さなければならないと思っています。」
俊亮の調子には、微塵《みじん》も皮肉らしいところがなかった。悠然というか、淡々というか、まるで表情のない顔付をして、ごくあたりまえの調子でそう言ったのである。
校長も、西山教頭も、曾根少佐も、ただ渋い顔を見合わせているよりほかなかった。
そこへ、廊下の方の扉に軽くノックする音がきこえ、やがて黒田先生がはいって来た。
先生は、曾根少佐がその席にいるのを見て、ちょっとけげんそうな顔をしたが、すぐ校長に向かって、
「本人にはただ今申しつたえましたが、わけなく納得してくれました。納得したというよりは、自分からその気でいたようです。それから、――」
と、俊亮の方を見て、
「本人には、転校の希望もあるようですが、もしお父さんの方でもそのおつもりでしたら、さっきお書き下さった退学願いは、当分私の方でお預りいたしておきましょう。」
「そう願えれば何よりです。」
すると西山教頭が言った。
「もし転校の手続をなさるのでしたら、出来るだけ早くお願いします。学籍薄の整理上、いつまでも中途半ぱには出来ませんから。」
「承知しました。もし永びいて御都合がわるいようでしたら、黒田先生にお預けしてある退学願をいつでもお役立て下さい。」
俊亮はめずらしく烈しい調子で言って立ち上り、
「では、私、これで引取らしてもらいます。いろいろ勝
前へ
次へ
全184ページ中181ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング