した。」
「すぐ賛成されたのか。」
「ええ、すぐ賛成しました。」
「まえもって先生と相談されていたようなことはなかったかね。」
「知りません。」
「これからの集まりには、お父さんはどうされる?」
「どうするか知りません。」
「朝倉先生に代って、みんなを指導されるような話はなかったね。」
「父にはそんなことは出来ないんです。」
 少佐はにやりと笑った。次郎は、その笑い顔を見ると、たまらなく腹が立って来た。彼はいきなり立ちあがって、
「僕、もう帰ってもいいんですか。」
 少佐の笑顔はすぐ消えた。彼はじっと次郎を下から見あげていたが、また急に作り笑いをして、
「いや、ありがとう。たずねることはもうほかにはない。しかし、君に忠告して置きたいことが一つ二つあるんだ。まあ、かけたまえ。」
 次郎はしぶしぶまた腰をおろした。少佐はひげをひねりはがら、眼をぱちぱちさせたあと、少しからだを乗り出して言った。
「君は案外単純な人間だね。」
 次郎自身にとって、およそ単純という批評ほど不似合な批評はなかった。彼は、それを滑稽にも感じ、皮肉にも感じて、われ知らずうすら笑いした。
「単純なのはいい。単純な人間は正直だからね。君のさっきからの答えぶりなんか、全く正直だった。その点で、わしはきょう君と話してよかったと思っている。しかし、単純も単純ぶりで、君はどうかすると怒りっぽくなる。それが君の一つのきずだ。気をつけるがいい。」
 少佐はそこでちょっと言葉をきって、次郎の顔をうかがった。次郎は、怒りっぽいという批評は必ずしも不当な批評でないという気がして、ちょっと眼をふせた。
「しかし、怒りっぽいぐらいは、まあ大したことではない。それよりか、――これは今の場合、特に君にとって大切なことだと思うが、――迷信家にならないように気をつけることだ。とかく、単純な人間は迷信に陥りやすいものだからね。」
 次郎にはまるでわけがわからなかった。少佐自身としては、そんな表現を用いたことが何か哲学者めいた、一世一代の思いつきのように思え、また、それがきっと次郎の急所をつくにちがいないと信じ、内心大得意でいたが、次郎にしてみると、迷信などという言葉は、あまりにも自分とは縁遠い言葉だったのである。
 二人はただ眼を見あっているだけだった。
「わからんかね。」
 少佐がしばらくして言った。
「わかりません。僕が迷信家に
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