先生の言われることなら信じます。」
「しかし――」
と、少佐は何か意見を言おうとしたが、思いかえしたように、
「まあいい。まあ、それはそれでいいとして、ほかに何か言われたことはないかね。」
「要点はそれだけだったんです。」
「満州事変については何も言われなかったんだね。」
次郎はまたちょっと考えた。しかし、やはり思いきったように、
「言われました。ああいう事件は、どうかすると、国民に麻酔薬をのまして、反省力をなくさせる危険がある、といったような意味だったと思います。」
「そんなことを言われたのか。」
「僕、はっきり言葉は覚えていないんです。」
「しかし、大たいそんな意味だったんだね。」
「そうだと思います。」
「それについて君はどう思う? やはりその通りだと思うかね。」
「思います。」
「それも朝倉先生が言われたから信じるというんだな。」
「そうです。」
「ふうむ。……それで、ゆうべ集まったのは幾人ぐらいだった?」
「三十人ぐらいです。」
「名まえもむろんわかっているだろうね。」
「わかっています。」
「あとでわしまでその名前を届けてくれないかね。」
「そんな必要がありますか。」
「ある。」
「じゃあ、届けます。」
二人の問答はもう何だか喧嘩腰だった。
「ついでに、もう一つたずねるが、――」
と、少佐は次郎の顔をにらみすえながら、
「白鳥会は今後もつづけてやるつもりなのか。」
「やるつもりです。」
「朝倉先生がいられなくても?」
「ええ、やります。朝倉先生もつづけてやるのを希望していられるんです。」
「すると、これからはどこで集まるんだ。」
「僕のうちで集まります。」
「君のうちで? しかし、先生は?」
「先生はなくてもいいんです。」
「生徒だけで集まろうというんだね。」
「そうです。」
「そんなこと、君のお父さんに相談したのか。」
「しました。」
「許されたんだね。」
「ええ、許しました。」
「ふうむ、――」
と、少佐はしばらく眼を伏せていたが、
「いったい、どうして君のうちで集まることになったんだ。」
「みんなで決めたんです。」
「しかし誰かそれを言い出したものがあるだろう。」
「言い出したのは朝倉先生です。」
「朝倉先生が? それはゆうべのことか。それとも……」
「ゆうべです。」
「すると、その時、君のお父さんも、その場にいられたんだね。」
「居りま
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