な頭のきりかえさえ出来たら、全く得がたい教育者だと思うがね。」
 次郎は少佐の言うことにも一理あるような気がしないでもなかった。とりわけ日本の使命とか理想とかいう言葉には、何かしら心がひかれ、その内容について、もっと説明してほしいという気もした。しかし、彼にとって何より大事なのは、人間の誠実だった。誠実な人間の思想だけが信するに足る思想だ。下劣な策略だけに終始している少佐のいうことに、何の権威《けんい》があろう。そう思って彼は相変らず少佐の顔を見つめたまま、默りこくっていた。
 少佐は、次郎がまだ少しも自分に気を許していない様子を見てとると、さすがにむかむかした。生意気な! という気持が胸をつきあげるようだった。サイダーや、羊かんや、西瓜が、運ばれたままちっとも手をつけられず、テーブルの上にならんでいるのを見ると、いよいよ腹が立った。しかし、腹を立ててしまっては、せっかく私宅にひっぱって来た甲斐がない。学校でならとにかく、私宅にまでひっぱって来て失敗したとあっては、配属将校の面目にもかかわる。それに、こういう頑固な生徒を改心させてこそ、思想善導の責任も十分果せるというものだ。そう思って彼はじっと腹の虫をおさえた。そして、強いて微笑しながらたずねた。
「どうだい、わしの気持はわかるかね。」
「わかります。それで、どんなことですか、先生が僕にききたいと仰しゃるのは。」
 次郎はもう面倒くさそうだった。
「いや、大したことでもないさ。どうせ大たいわかっていることでもあるし、――」
 と、少佐はわざとのようにそっぽを向いて言ったが、
「つまり、大事なのは君らの思想なんだ。それで、朝倉先生が最後にどんなことを君らに言われたか、それがききたいんだ。それをきいたうえで、なお君に話すことがあるかも知れんがね。」
 次郎はちょっと考えた。が、思いきったように、
「これからは、良心の自由が守れないような悪い時代が来るから、しっかりするようにって言われたと思います。」
「良心の自由が守れない?」
「ええ、つまり時代に圧迫されたり、だまされたりして、誰もが自分の良心どおりに動けなくなるっていう意味だったと思います。」
「ふむ。それで君はどう思う。」
「ほんとうだと思います。朝倉先生は、うそは言われないんです。」
「先生が言われたから、そのまま信じるというんだね。」
「そうです。僕はりっぱな
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