るのをまって、すこし肩をいからせながら言った。
「僕は、きょう、大沢さんと鶏の解剖をしながらいろんなことで議論しましたが、たいてい負けました。そして大沢さんのような人が白鳥会に感心しているなら、僕も感心してもいいという気になりました。それで入会することにしたのです。鶏をたべたかったからではありません。どうぞよろしく。」
また、笑声がどっと起った。その笑声の中で俊三は一たん坐りかけたが、また立ちあがって俊亮の方を見た。そしてずるそうに微笑しながら、
「小父さんも、どうぞよろしく。」
みんなはころげるようにして腹をかかえた。朝倉先生夫婦も俊亮の顔を横からのぞきながら、声を立てて笑っている。俊亮もつい吹き出したが、
「おまえや次郎には、やはり父さんと呼んでもらいたいな。それが人間の真実というものだよ。」
笑声は、それでまた一しきり高くなった。しかし、それはそう永くはつづかなかった。真実という言葉は、それがどんな場合につかわれようと、もうみんなの心には、何か犯しがたい力をもって響くようになっていたのである。
「では、いよいよ会員の自由発言にします。誰からでも遠慮なくやってくれたまえ。せんべをかじりながら始めよう。」
大沢が、そう言って、自分のまえの菓子袋をやぶった。すると方々でも菓子袋のやぶれる音がきこえ、土瓶と茶碗とが移動し出した。
そのざわめきの中で、最初に発音したのは梅本だった。彼はかなり委しく今度の事件の経過を説明し、その間に次郎と新賀とが演じた役割を物語って、みんなを傾聴さした。
梅本につづいて新賀が発言したが、彼は主として朝倉先生を失ったあとの学校の将来を論じて会員の自覚と奮起とを促《うなが》し、最後に、先年の代りに俊亮を迎えることが出来たことについて、心からの喜びを述べた。
そのあと、つぎつぎにいろんな生徒が発言したが、たいていは朝倉先生や白鳥会からうけた彼ら自身の過去の感銘や、将来に対する覚悟についてであった。過去の感銘の中には、具体的で印象の深いものもあったが、将来の覚悟ということになると、いずれもぼんやりした抽象的な言葉が多かった。下級の生徒たちは、あまり発言しなかった。発言してもたいていは、
「これから、小父さんや上級生の教えに従ってしっかりやります。」
という程度以上に出なかった。ただひとり、二年の生徒でこんなことを言ったものがあった
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