んなの眼はいよいよ光って俊亮の方に注がれ、恭一と次郎とはまるで罪人のように顔をふせた。俊亮は相変らず泰然としている。
「私が本田君のお父さんとおちかづきになったのは、ごく最近のことで、私の今度のことが問題になってから、私の家をおたずね下すったのがはじめてだ。だから時間的にはごく短いおちかづきに過ぎない。しかし私は、これまで私が交わった誰よりも信頼申上げることが出来るような気がする。失礼な申しようだが、私は、もう一人の私、それもこれまでの私よりかずっと実社会に人間の真実を生かしている私を、本田君のお父さんに、見出したような気がしている。文庫の方は、取りあえずというので、諸君が見るとおり、すでにこちらにお預けしてあるんだが、私は、同時に白鳥会員としての諸君の身柄をも、こちらにお預けして、本田君のお父さんに、諸君の良心の自由を守っていただきたいと思っているのだ。本田君のお父さんには、まだはっきりしたご承諾はいただいていないが、しかし、諸君がここでお願いさえすれば、きっとご承諾下さるだろうと思う。」
 先生の言葉はまだつづきそうだった。しかしそのまえに、
「是非お願いします。」
 と、叫んだものがあった。それは梅本だった。すると、新賀と大沢とがほとんど同時に拍手した。拍手はそのまま上級生から下級生の方につたわって、しばらく鳴りやまなかった。恭一と次郎とは相変らず顔をふせたまま、ちぢこまるようにしており、俊三だけが、あきれたような、しかし、どこかふざけたような眼付をして、まともに俊亮の方を見ていた。
 俊亮も、さすがに、もう泰然とはしていなかった。彼は、自分の方を見て微笑している朝倉先生の顔にちょっと眼をやったが、すぐその眼でみんなの顔を一わたり見まわした。その眼は怒っているようでもあり、笑っているようでもあり、無表情なようでもある妙な眼付だった。それから浴衣の左の袖をまくって、そのまるっこい二の腕を右の手のひらで二三度なでたあと、ぶっきらぼうに言った。
「よろしい。ひきうけましょう。しかし、ひきうけるについては一つの条件があります。それは、私は先生ではないのだから、諸君に先生と呼ばれては困るのです。私の希望では、小父さんと呼んでもらいたいのだが、それが承知ならひきうけましょう。」
 一せいに拍手が起った。どの顔も笑顔である。朝倉先生夫妻もしんから嬉しそうに俊亮の顔をのぞいた
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