で、少し形式ばっているが、司会みたいなことを僕にやらしてもらいます。」
 そうまえ置きして、彼は、まず、きょうの会合をひらくにいたったいきさつを述べ、俊亮の骨折と好意に対して深い感謝の意を表した。それから朝倉先生送別の辞にうつったが、彼の言葉は、じっくりと落ちついていた。激越な調子になりそうだと、しばらく声をのんで、自分を制するといったふうだった。その中で、彼はストライキ問題にもふれたが、その時だけは、声を大にして、次郎や新賀や梅本のとった態度を賞讃した。最後に彼は、さっき座敷できいた朝倉先生と俊亮との対話をひいて、つぎのように結んだ。
「いろいろの事情をのりこえて、人間の真実が終始一貫生かされて来たことは喜びにたえません。白鳥会員は、人間の真実を生かしたという点で、見事な勝利者であります。もし基督教徒が基督を十字架上に仰ぐことによって真に人生の勝利者になったとすれば、われわれもまた朝倉先生を権力という十字架の上に仰ぐことによって、人生の勝利者になったといわなければなりません。そして、この勝利の源が、朝倉先生の崇高なご人格にあることはいうまでもありませんが、また、使徒の中の使徒としての本田、新賀、梅木の三君の殉教《じゅんきょう》的努力が、さながら宝玉の如く光っていることを忘れてはなりません。そして、われわれが特に感銘を深くするのは、さっき申しました本田君のお父さんのお言葉であります。もし本田君のお父さんの、ああした切実なお言葉がなかったとすれば、われわれは、あるいは、この最後の晩餐なしに朝倉先生とお別れしなければならなかったかも知れないのであります。その点で、僕たちは本田君のお父さんに対して、ご馳走に感謝する以上に感謝しなければならないと思います。」
 拍手の嵐をあびて大沢は坐った。さすがにいくらか興奮したらしく、顔をあからめてしばらくうつむいていた。それから、ふと気がついたように、あわてて朝倉先生の方に上体をのり出し、
「どうぞ、はじめに先生から、何か……」
 朝倉先生はすぐうなずいた。しかし、なかなか立ちあがらなかった。立ちあがる代らに、腕組みをして眼をつぶった。部屋じゅうの眼がしいんとして先生を見つめている。一分たち、二分たち、おおかた三分もたったころ、先生はやっと眼を開いたが、やはり立とうとはしない。先生のまつ毛はいくらかぬれていた。それはみんなの気のせいで
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