った。拍手が終ったあと、しばらくは、いやにしんとしていた。
「あいさつや話はあとだ。先ずめしにしよう。どうだい、すぐ運ばないか。」
俊亮は大沢たちを見て言った。それはみんなにもはっきりきこえるほどの声だった。大沢はすぐ立ち上ろうとした。すると次郎が言った。
「先輩は坐っていて下さい。僕たちで運びます。」
それからみんなの方に向かって、
「四年と五年の諸君は手伝ってくれたまえ、飯や汁をはこぶんだから。」
大きい生徒たちがぞろぞろと立ち上った。
「菓子袋はまだやぶいちゃいけないよ。あとで茶話会の時にたべるんだから。」
次郎はそう言うと、先にたって下におりた。あとに残った小さい生徒たちは、うつむいてくっくっといつまでも笑っていた。
朝倉先生はその間に部屋の様子を見まわした。文庫はちょうど自分のうしろに据えてあり、きちんと整頓されていた。その右上の位置に「白鳥入芦花」の額がかかっていたが、天井のない部屋の、低い桁《けた》にひもでつるし、下縁を壁の中途に小さな横木をわたしてささえてあったので、低すぎて、あまり見《み》ばえがしなかった。しかし、朝倉先生は、うれしそうに、しばらくそれを見ていた。良寛の歌を書いた掛軸は文庫の左がわにつるしてあった。
そのうちに、大きな汁鍋が二つと握飯に沢庵や味噌漬を盛りあわした、鉢や、重箱や、切溜《きりだめ》などが十ちかくも運びこまれた。汁鍋は釜敷を置いて二ヵ所に裾えられ、鉢や、重箱や、切溜は、適当の距離をおいて、古ぼけた畳のうえにじかに置かれた。
二三人が箸と椀を配ってあるいた。
先生夫妻と俊亮のまえだけには、会席膳が置かれたが、それには箸と何もはいっていない椀や皿がのせてあるきりだった。
給仕はお芳とお金ちゃんの役目だった。二人はめいめいに給仕盆を自分の膝のうえに立て、階段から上りたてのところにきちんと坐って、さっきからの様子を見ていたが、みんなの席が定まると、すぐ立ってお椀に汁をもりはじめた。
「みなさん、どうぞ。お米のほかはみんなうちで出来たものばかりです。分量だけは十分用意してありますから、たらふくめしあがって下さい。」
一とおり汁が行きわたると、俊亮が言った。
「いただきます。」
朝倉先生が、これまで白鳥会でおりおり会食をやった時の例にしたがって、まず箸をとった。
しばらくは誰も無言だった。そとの光はもう薄墨をぬ
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