頓着なように、
「貴方はよほど大胆ですね。」
「きょうのやり方が無茶だとおっしゃるんですか。」
「いや、そのことについてはもう何も申しません。こうなった以上、私もおとなしてかぶとを脱ぎます。二階の生徒たちにも心よく会いましょう。しかし、次郎君をそんなふうにお育てになるには、親の貴方がよほど大胆だったと私は思いますね。」
「そうでしょうか。」
「あとさきを考える人には、とても出来ないことです。」
 朝倉先生の眼には、もう微笑が浮かんでいた。
「しかし、あとさきを考えない点では、先生の方が私よりずっとうわ手ですよ。私には、まだ親もあり子もありますので、免職になるような乱暴なことは、めったにいたしませんからね。」
 二人は大きく笑った。
「ほんとうですわ。」
 と、朝倉夫人も、笑い声を立てた。
 大沢は、それまであぐらをくんだ股に両手をつっぱって、上体を乗り出すようにしていたが、だしぬけにどなるような声で言った。
「きょうはきっと、すばらしい白鳥会が出来ます。」
 恭一はうなだれてふかい息をしており、俊三はじっと部屋のすみを見つめていた。ただお芳の顔だけが相変らず笑くぼを見せたまま、無表情だった。
 次郎が二階からおりて来た。今度は大っぴらに階段からおりて来たのだった。彼はその場の光景を解《げ》しかねたように立ったまま俊亮の顔を見た。
「もういいのか。」
 俊亮の方からたずねた。
「ええ、いいんです。」
 次郎は朝倉先生の方を見ながら答えた。
「先生も、もうびっくりはなさらないよ。」
 朝倉先生の微笑をふくんだ眼が、まだつっ立っている次郎を見あげた。
 次郎はきょとんとしている。
「じゃあ、ご飯は二階でみんなといっしょに差上げます。」
 俊亮が先に立って朝倉先生夫妻を二階に案内した。大沢たちもすぐそのあとにつづいた。
 階段をのぼると、一せいに拍手の音がきこえた。それは先生夫妻と俊亮とが席につき終るまで鳴りやまなかった。
 生徒は楕円形《だえんけい》の円陣をつくっていた。一番奥の方に三枚だけ座ぶとんがしいてあったが、それが朝倉先生夫妻と俊亮の席だった。朝倉先生をまん中に、夫人と俊亮とがその左右に坐った。大沢たちは俊亮のつぎに坐ったが、俊三だけは、少ししも手の同級生のところに割りこんだ。
 みんなのまえには、菓子袋が一つずつ置いてあり、ところどころに湯呑をのせた盆が置いてあ
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