朝倉先生は、さぐるような眼をして、しばらく俊亮を見ていたが、
「生徒ではありませんか……白鳥会の連中でしょう。」
それはいかにも詰問《きつもん》するような調子だった。
「ご賢察のとおりです。とうとう悪事露見ですかね。ははは。」
朝倉先生は、しかし、笑わなかった。そしてちょっと眼をふせて考えていたが、
「いいんですか、そんなことなすって?」
「よくも悪くも、人間の真実は押し潰《つぶ》せませんよ。」
と、俊亮も真顔になった。いくらか熱気をおびた眼が、じっと先生を見かえしている。
「しかし、当局の神経の尖り方は想像以上ですよ。」
「よくわかっています。しかし、そう何もかも遠慮するには及びますまい。先生が白鳥会員と顔も合わせないでこの土地をお去りになるんでは、もうそれだけで、人間としての完全な敗北ですからね。」
朝倉先生は眼をつぶり、しばらく沈默がつづいた。すると朝倉夫人がいかにも心配そうに、
「でも、万一にも、そのために、生徒さんたちの中にご迷惑をなさる方がありましては。……主人はそれを心配いたしているのでございますが。」
「あるいは、一人ぐらいは迷惑するものがあるかも知れません。しかし、あるとすれば、それはおそらく次郎でしょう。」
朝倉先生は眼を見ひらいて、俊亮の顔を食い入るように見つめた。俊亮はその眼をさけるようにしながら、
「次郎は、しかし、そうなっても、決してうろたえはしないだろうと思います。」
またしばらく沈默がつづいた。大沢と恭一と俊三とが、朝倉先生と俊亮の顔をしきりに見くらべている。先生はいよいよ不安な眼をして、
「次郎君自身で、何かそのことについて言ったことでもあるんですか。」
「ありません。しかし、次郎は、元来そんな子供なんです。」
「あとにひかない性質だということは、私にもよくわかっていますが……」
「いや、あとにひかないという点だけを申しているのではありません。次郎は、人間の真実というもののねうちを、誰よりもよく知るように育って来た子供なんです。むろん、何が人間の真実かということについては、以前はすいぶん判断を誤ったこともありました。しかし、先生に教えていただくようになってからは、それもどうなり誤らなくなったように私は思います。これは全く先生のおかげだと思っています。」
「それにしても――」
と、朝倉先生は、俊亮の最後に言った言葉には無
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