な方でもなさそうだが。」
「商売は下手です。ですから、きっと安く売ってしまったんでしょう。」
 二人は声を立てて笑った。
「安くも高くも、とにかくがらくたの始末をつけていただいて助かったよ。それで、あとは、このテーブルと二階の君たちの文庫の始末なんだがね。」
「文庫はまだあのままですか。」
「あれは君たちのものなんだから。」
「でも僕たちの本はごくわずかしかないんです。たいていは先生のご本でしょう。」
「私にはもういらない本ばかりだ。あのまま残して置いて、これまでどおり君たちに読んでもらいたいと思っている。しかし、この家に残して置くわけには行かんし、どこか適当なところに運んでもらわなくちゃならないんだ。どうだい、いっそ君の家に運んでは。」
「僕のうちにですか。」
 次郎は眼を見はった。
「実は君のお父さんにも、ちょっとそのことをお話してみたんだが、べつに反対もされなかったようだ。しかし、君の考えをきいてみてからにしたいと言っていられた。……部屋はあるそうじゃないか。」
「二階を弟と二人で勉強部屋にしているんですが、それよりほかにはないんです。」
「その部屋は広いんだろう。」
「ええ、一間きりの総二階ですから、ばかに広いんです。しかし、天井も何もない物置みたいなところです。」
「天井なんか、どうだっていいよ、広くさえありゃあ。……このテーブルぐらいすえてもゆっくりなんだろう。」
「ええ、このぐらいのテーブルなら三つ位大丈夫です。しかし、みんなには不便でしょう。少し遠いんですから。」
「栴檀橋《せんだんばし》の近くなら、遠くったって知れたもんだ。学校からせいぜい三十分ぐらいじゃないかね。それにあの辺は空気もいいし、場所としてはここよりか却っていいだろう。」
 次郎にとっては、これは、しかし、かろがろしく返事の出来ることではなかった。白鳥会の文庫も、それが朝倉先生と直接に結びついていたればこそ意味があったのだ。それを自分の家に運んでみたところで、指導の中心を失った今となっては、大して用をなさないであろう。単に小さな図書館の役目をするだけのことなら、わざわざ遠い郊外まで行かなくても、もっと完全なのがこの町にもあるのだから。むろん白鳥会の命脈《めいみゃく》はたやしたくない。それには一定の集会所がほしいし、集会所を持つとすれば、この文庫も生きてくる。しかし、自分の家が果してその
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