した。もうさっきから自分を見ていたらしい四つの眼に出っくわしたからである。ひとりは曾根少佐、もうひとりは西山教頭だった。
 彼はあぶなく眼をそらすところだった。が、彼の本能的な反抗心がそれをゆるさなかった。こうした場合、眼をそらすことは、彼にとって、敗北と屈従以外の何ものをも意味しなかったのである。
 無表情ともいえるほどの冷たい眼が、またたき一つせず、窓わくの中にならんでいる四つの眼に、永いこと注がれていた。四つの眼もまた、彼を凝視《ぎょうし》したままほとんど動かなかった。ただ、おりおり小声で何か話しあうらしい唇の動きや、うなずきあいによって、その表情にいくらかの変化を見せているだけであった。
 二分間近くの時間がそのまま過ぎたが、そのあと、西山教頭の姿が急に窓から消えた。すると、曾根少佐は、その蟇《がま》のような口を、だしぬけに横にひろげ、白い大きな歯並をカイゼルひげの下に光らせた。にやりと笑ったのである。
 次郎の眼は、やはり無表情のまま、つめたくそれを見つめていた。すると、少佐は、今度は窓から上半身をのり出し、右手を高くあげて彼を手招きしながら、叫んだ。
「本田ア、ちょっとここまで来い。」
 次郎は、しかし、立ちあがらなかった。立ちあがる代りに眼をそらした。
「おうい、本田ア――」
 もう一度少佐が叫んだ。
「僕ですか。」
 と、次郎は、はじめて気がついたような顔をして、少佐を見た。
「そうだ。ここでいいんだ。ちょっと来い。」
 少佐はあごの先で窓下の地べたを指した。次郎はやっと腰をあげたが、いかにも無精《ぶしょう》らしくのそのそと歩き出した。
「呼ばれたら、いつも駈走だ。」
 次郎が窓下に来ると、少佐は叱るように言ったが、すぐ笑顔になり、
「どうしてあんなところに一人でねころんでいたんだ。」
「ねむたかったからです。」
「ひるねか、ふうむ。」
 と、少佐は上眼をつかい、まぶたをぱちぱちさせた。それから急に真顔になり、
「どうだ、感想は?」
「感想って何です。」
「掲示を見たんだろう、朝倉先生の。」
「見ません。」
「見ない?」
「ええ見ません。」
 少佐はちょっと考えていたが、
「どうして見ないんだ。朝倉先生の退職の辞令が出たんだぜ。」
「わかっているんです。」
 次郎の声は、いくぶんふるえていた。
「そうか、ふうむ――」
 と、少佐はまた上眼をつかい、し
前へ 次へ
全184ページ中107ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング