つもりだ。僕は、実をいうと、子供のころから暴力によって僕の意志を貫いて来た。そして朝倉先生の教えをうけて以来、それを心から恥じていたんだ。しかし最近、――そうだ、つい昨日からのことだが、僕はそれがすべての場合恥ずべきことではないという気がして来たんだ。僕の今の気持では、僕は暴力に訴えて諸君と戦うことに何の矛盾も感じてはいない。僕はいつまでも口先で諸君と争っていることが面倒くさくなって来たんだ。どうだ、もうこのへんで、最後の手段に訴えて朝倉先生の問題にけりをつけようではないか。……念のために言って置くが、僕はひとりだ。これは僕ひとりで決心したことだからね。しかし、僕ひとりだからといって遠慮してもらっては困る。僕の相手は何人あっても構《かま》わないんだ。」
次郎の見幕《けんまく》に圧倒されて、馬田一派はおたがいに顔を見あうことさえ出来なかった。
「どうだ、馬田!」
と、次郎は真正面から馬田をにらみつけ、
「先ず君の決心をきこう。」
馬田は顔をひきつらせた。そしてやっとのこと、
「ふふん。」と、あざけるように天井を見た。
「卑怯者!」
次郎は一|喝《かつ》して、つかつかと馬田に近づいた。動揺が波のように室内を流れた。
「よせ!」
そう叫んで次郎をうしろから羽がいじめにしたものがあった。それは新賀だった。同時に梅本、田上、大山などの四五名が、次郎のまえに立ちふさがっていた。大山の満月のような顔には、その時、どこかとぼけたようなところがあった。それは眼玉をぱちくりさせていたからであったらしい。
「とにかく本田の言うように一応解決しようではないか。本田が暴力に訴えることのよしあしは別として、言っていることは正しいし、おたがいに約束もしたことなんだから。」
新賀が次郎を羽がいじめにしたままで言った。誰も何とも言わない。
「どうだ、みんな不賛成か。」
新賀がもう一度うながした。
「賛成!」
梅本と田上がほとんど同時に呼んだ。
「よかろう。」
ちょっとおくれて大山が間のぬけたように言った。つづいて方々から賛成の声がきこえた。
ストライキ問題は、こうして次郎のほとんど脅迫ともいえるような態度で、強引に片づけられてしまった。そしてそのあとは野次一つとばず、熱のさめたあとの変につかれた気分で、朝倉先生送別の方法が議せられたが、それは、校友会からおくる規定の餞別《せんべつ
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