、そのうちひとりでに消えてなくなるんだ。僕は、むしろ校長はかわいそうだとさえ思っている。」
「じゃあ、相手は誰だい。」
「誰でもない、学校さ。」
「学校?」
「強いていえば、教頭と配属将校に代表されている現在の学校だ。」
 新賀が眼を光らした。そして穴のあくほど次郎の顔を見つめていたが、
「君は、きょうのことがそれほど無念だったのか。」
「うむ、無念だったよ。」
「それを女々《めめ》しいとは思わんのか。」
「女々しい? なぜだ。」
「教頭も配属将校も、君の将来を棒にふって争うほどの人間ではない。そんなのに捉われるのは女々しいよ。」
「君は、僕があの二人を相手にストライキをやろうとしているとでも思っているのか。」
「本心はそうだろう。」
「馬鹿いえ。相手はあくまで学校だ。いや、学校というよりか、あの二人を通じて学校全体を脅迫している大きな権力だ。その権力から僕たちは学校を救わなければならないんだ。」
 新賀を見つめている次郎の眼は、何かにつかれたように動かなかった。
「なあんだ、そんなことを考えていたのか。」
 と、新賀は茶化すように笑って、
「よせ。そんな夢みたようなことを言ったって仕方がない。みんなに気狂いあつかいにされるだけだ。」
「君自身でも僕を気狂いあつかいにするのか。」
「するよ。」
 新賀はまた笑った。すると、次郎はそっぽを向きながら、
「ふん。君は軍人志望だからね。」
「おい!」新賀は顔を真赤にして、
「そんなことを言うのは侮辱だぜ。」
「侮辱に値するものは遠慮なく侮辱するし、攻撃に値するものは堂々と攻撃するさ。僕はもうそうきめたんだ。」
 次郎は、しかし、何か苦しそうだった。彼は新賀から眼をそらして梅本を見たが、梅本の眼がじっと自分を見つめているのにでっくわすと、急にまた熊笹の上に仰向けにひっくりかえり、大空に向ってふうと大きな息を吐いた。
「君、そんなことを言って朝倉先生にすまないとは思わないのか。それでは白鳥会の精神はどうなるんだ。」
 梅本が泣くように言った。次郎は眼をつぶって答えない。が、しばらして、
「すまない気もするよ。しかし、戦いはやはり必要だ。戦わなければ朝倉先生の抱《いだ》いていられる信念や思想も護れないからね。そして戦う以上はストライキぐらいやってもいいように思うんだ。朝倉先生は、右翼の暴力に対してストライキを左翼の暴力だと言って
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