ったように、
「君はとうとう馬田に負けたな。」
「馬田に負けた? どうして?」
 次郎はやにわにからだを起し、新賀と向きあった。
「君は、馬田が、留任運動をきっかけにストライキをやって、校長やほかの先生を排斥しようと言った時、それを不純だといって攻撃したんじゃないか。」
「むろんさ。それがどうしたんだ。」
「攻撃しておいて、今度は君がその不純なことをやろうというのか。」
「ちがう。留任運動とは関係がないんだ。僕、さっきそう言ったんじゃないか。」
「そんなこと通用せんよ。現に関係があるんだから。」
「ない。僕の気持には、それは全然ないんだ。」
「君の気持にはなくっても、留任運動に失敗したあとですぐストライキをやれば、誰だって関係があると思うよ。」
「そんなことわかってるよ。だから僕はストライキの時期と方法をどうしたらいいか、それを考えているんだ。僕は朝倉先生を見送って学校が一応落ちついてからにしたいと思ってる。もう間もなく夏休みだから、どうせ来学期さ。ゆっくり考えてやるんだ。やる以上は根強くやりたいからね。」
 そう言って次郎は微笑した。つめたい微笑だった。その微笑の底には、彼の幼ないころの血が、永いあいだの彼の努力を裏切って無気味に甦《よみがえ》っていた。正木の庭の筑山のかげで、若い地鶏が老レグホンに戦いをいどむのをじっと見つめていた時の、あの熱いとも冷めたいとも知れない血が。
「しかし、本田――」
 といつの間にか、からだをにじらせ二人の間に顔をつき出していた梅本が言った。
「それでは君の暴力否定の主張はどうなるんだ。」
「それもこれから考えてみるさ。」
「これから考えてみる?」
「うむ、ゆっくり考えてみるよ。」
「今さら、何を考えるんだ。」
「僕には、ストライキが暴力でない場合もありそうな気がするんだ。少くとも、やむを得ない、いや、必要な暴力というものが、この世の中にはありそうに思える。」
「そりゃあ、あるだろう。警官が泥棒をふん縛《しば》るんだって、そうだからね。しかし、学校を浄化するためにストライキに訴えるのは無茶だよ。」
「それ以外に方法がなくても、無茶かね。」
「ほかに方法がない事があるものか。第一、今の校長はストライキを必要とするほどの相手ではないぜ。」
 次郎は苦笑しながら、
「僕は花山校長なんかを相手にしているんではない。あんなの、ほって置いたって
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