非難されていたが、しかし、ガンヂーの非協力や、絶食は、先生も認めていられたようだ。僕はそれと同じ意味でストライキをやりたいと思っているんだ。」
 言うことが大げさすぎる、と、新賀はそう思ったが、今度は笑わなかった。何か笑えないものを次郎の気持に感じたのである。
 梅本は心配そうに首を何度もかしげていた。それに気づくと、次郎はまた起きあがって、
「僕の言うこと変なんかね。」
「変じゃないけれど、少し考えすぎているよ。」
「考えすぎている? しかし、学校が不正に屈服するか否かの問題だぜ。いや正義が世の中に行われるか否かの問題だぜ。僕たちは、正義のために、権力に対して反省を要求しなければならないんだ。だから――」
「よし、わかった。」と、新賀がどなるように、次郎の言葉をさえぎった。
「君の言っている理窟はよくわかった。しかし、いざストライキという場合、みんなが君のいうような理窟で動くと思うかね。いや君自身、教頭や配属将校に対する感情をぬきにして、純粋にそうした道理で動けると思うかね。」
 次郎は、はっとしたように眼を見はった。
 そう言われると、頬骨の高い、三角形の眼をした西山教頭の顔と、蟇《がま》にひげを生やしたような曾根少佐の顔とが、いつも憎々しく自分の眼にちらついている。二人の顔を思い出さないでは、自分はさっきから一言も口をきいていなかったのではないか。――
 彼はひとりでに眼を伏せた。彼の膝の周囲には熊笹の葉が入りみだれ、へしまげられている。その葉が、彼が息をするごとにかすかな音を立てて動いていた。そしてその二つ三つが、間をおいてつぎつぎにぴんとはね起きた。彼は見るともなくそれを見ていたが、ふいに顔を上げて、
「僕、何だかわけがわからなくなった。もっとゆっくり考えてみるよ。」
「うむ、僕ももっと考えてみる。」
 新賀が言うと、梅本も、
「そうだ。いそいできめることはない。おたがいによく考えてみるんだね。」
 新賀は、次郎の気をひくように、
「どうだい、水をあびようか。」
 三人はすぐ立ちあがった。次郎は裸になりながら、
「みそぎでもやるようだね。」
 と、皮肉に笑った。すると梅本が、
「みそぎはまあいいが、みたまふり[#「みたまふり」に傍点]というのは実際滑稽だそうだ。」
「みたまふり[#「みたまふり」に傍点]って何だい。」
「みそぎのあとか先かに、静坐をして眼を
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