、どうでしょう。」
「はい、それは、……校友会の委員だけでは、いつも自由に集まれるようになっておりますので。」
「その集まりにも、校長さんはまだ一度もお顔をお見せになっておりませんのでしょうか。」
「それも実は、県当局のご意見で、一先ずほかの教師が出て、懇談的に生徒の考えをきいてみよう、ということになっておりますようなわけで……」
 父兄たちは、にが笑いをおしかくすのに骨が折れるらしかった。俊亮も、さすがに眼を見ひらいて、あきれたように校長の顔を見た。平尾の父は眼鏡をはずして眼をこすっており、馬田の父は憤然として課長の顔を見た。すると課長が言った。
「そのことについては、事件の性質上、この場合、配属将校にご苦労をお願いするのが一番適切ではないかと考えまして、実は西山教頭とお二人で、十分説得していただくようにお頼みしてあるのです。多分、きょうあたり、お二人でその席に顔を出されたのではないかと存じますが。」
 この時、よれよれの浴衣に古ぼけた袴といういでたちではあるが、何となく気品のある眼鼻立ちをした白髯《はくぜん》の老人が、だしぬけに立ち上って言った。
「私は田上と申す者で、五年級にお世話になっている田上一郎の祖父でございます。先程からだんだんお話を承りまして、きょうのお集まりのご趣旨は、もう十分わかりましたことですし、この上は学校と父兄とよく協力いたしまして、それぞれの立場で、出来るだけのことをいたすよりほかないと存じます。それにつきまして、私は平尾さんにちょっとお伺いしておきたいのですが、さきほどあなたのお言葉で、急先鋒になっている数名の生徒があって、それが何か思想的な背景をもって動いているというように承ったのでございますが、その数名の生徒の中に、私の孫が加わっているというようなことはありますまいか。もしご存じでしたら、ご遠慮なくそう言っていただきたいのですが。」
「それは、さっき馬田さんにも申しました通り……」
「なるほど、ご令息が名前を秘密になさるということも、一応うなずけないことはありません。しかし、私の孫もご令息と同様、校友会の総務とかに選ばれていますし、自然、何かのことがお耳にはいっているのではないかと存じますが……」
「いや、いっこう。」
「はっきり言うのが気の毒だとか、或は、万一ちがっていたらあとが面倒だ、とかいうようなことで、仰しゃっていただかない
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