いでこの席にやって来たわけだ。どうか、そのつもりで私たちの話もきいてもらいたいし、また、君らの方でも、言いたいことがあったら、何でもかくさず言ってもらいたいと思う。」
そういう前置きをして、西山教頭の話したことは、要するに次のようなことであった。
――時代は満州事変を契機として急転回しつつある。革新のためには多少の犠牲はやむを得ない。そうした犠牲を否定する人があるが、それは古い考え方に捉われているからである。どんな人格者であろうと、古い考えに捉われて新しい時代を理解しなければ、葬られるのが当然である。
――青年は革新の原動力であり、新しい時代の創造者である。時代の動きに鈍感であっては青年の意義はない。青年は純情だといわれるが、その純情も本末を誤ると、むしろ有害である。師弟の情誼《じょうぎ》のために純情を傾けるのは美しいには美しい。しかし、それは新しい時代の創造ということにくらべると、私情でしかない。青年の純情は先ず第一に時代の創造のために傾けらるべきである。万一にも本末を転倒するものがあれば、それらの青年も時代の犠牲者となろうとを覚悟しなければならないだろう。
西山教頭は、一席の講演でもやるような調子で、以上のような意味の事を述べたが、一度も「朝倉先生」という言葉をつかわないで朝倉先生の問題にふれようとするところに、その苦心があったらしく思われた。そして最後にこんなことを言って腰をおろした。
「今言ったような根本的なことは、実は校長先生から、もうとうに君ら全部に対してお話があっているのが当然だと思うが、残念ながら、これまでにそんな機会がなかったらしいので、念のため私から話した次第だ。とにかく、時代ということを忘れないで、十分思慮ある行動に出てもらいたい。とりわけ軍人志望の諸君はよほど自重して、一言一行をつつしまないと、折角の志望が駄目になるかも知れない。このことについては、あとで曾根少佐からもお話し下さるだろうと思うが、特に留意を促しておきたい。」
西山教頭が腰をおろすと、曾根少佐がすぐそのあとをうけて言った。
「根本的なことは、今、西山先生の言われたことでつきていると思うから、自分としては、もう何も言うことはない。ただ、君らの参考のために打明け話をすると、実は自分はこの三四日非常に立場に困っているんだ。というのは、自分は本校に配属されている以上、むろん本
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