望みを絶つかとさえ思われた。彼は、彼がこれまで求めて来た人々の愛を強いて拒みはじめた。愛を求める彼自らの心を、恥じ、おそれさげすみはじめた。そして十四歳の少年にしては、あまりにもむごたらしい自己嫌悪にさえ陥りかけたのである。こうしたことが若い生命にとっての大きな危機でなくて何であろう。
 だが、こうした危機ですらも、彼の場合においては、決して彼の生命の不健全さを示すものではなかった。むしろ、それは、彼が彼の運命に打克《うちか》つ新たな道への曲り角に立ったことを意味したのである。彼の眼はそれ以来次第に内に向かっていった。そして、彼は彼がこれまで求めて来たものが、いつも彼自身の外にあったのを知った。外なるものはいつも動く。内に不動なるものを確立しないかぎり、その求むる喜びは泡沫《ほうまつ》のごときものに過ぎない。彼は、そうした真理におぼろげながら気づきはじめた。そして、いよいよ、自分の弱さと醜《みにく》さとを恥じ、自己嫌悪に拍車をかけていった。この自己嫌悪は、しかし、同時に彼の自己鍛錬であり、彼が真の意味で彼自身の生命を開拓して行くための大きな転機だったのである。彼は沈默がちになり、心から
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