》は、あわれにもまたほほえましいものであった。彼は、そうした惑乱と狼狽との後で、亡くなった母への思慕を胸深く秘めつつも、結局、すなおに新しい母の愛に抱かれる喜びを味わうことが出来たのであるが、それは、彼が、彼を愛しようとする人に顔をそむけてまで暗いところを見つめるほど、ひねくれた心の持主ではなかったことを証明するものであった。彼のこのすなおさは、やがて大巻一家――継母の実家の人々――とりわけ、彼のためには、新しい祖父であった運平老の仙骨によって、いよいよ拍車をかけられることになり、彼の生命の健康さは、継母を迎えたためにかえって増進して行くかにさえ思われたのである。
運命は、しかし、そのすなおな生命を、間もなく裏切りはじめた。彼の運命の最も冷酷な代弁者は、いつも本田のお祖母さんだったが、この時もまたそうであった。お祖母さんは、彼に対する愛の欠乏から、彼をして中学の入学試験に失敗せしめる原因を作り、また継母の彼に対する愛を他の子供に向けかえさせるためにあらゆる手段を用いた。こうして彼は、ふたたび新しい形での里子に押しもどされようとしたのである。彼も、さすがにその時には、喜びに対する一切の
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