笑うことも怒ることも出来なくなった。それは彼の内省による心の分裂を示すものであった。また彼は、時として思いきった言動にも出た。それは、むろん、彼自身では、ある確信をもってやっていたことではあったが、はたから見ると必ずしも正しかったとばかりはいえなかった。むしろ、周囲の人々をして眉をひそめしめるようなことが多かったのである。だが、もし「考える」ということが人間を人間らしくする最も大切な条件の一つであるならば、彼がその間に人間として伸びつつあったことだけは、たしかである。われわれは、青年期に近づいた少年が、沈默がちになったり、すなおでなくなったり、そのほか、大人の常識では理解の出来ない言動に出たりするのを見て、直ちにその少年が生命の健全さを失いつつあるものと速断してはならないのだ。飛行機でも船でも、その方向を転ずるためには、必ずその胴体を傾ける。そしてその方向転換が急角度であればあるほど、その傾きも大きいのである。次郎が、これまで外に求めていたものを内に求めるようになるために、甚しく心の平衡《へいこう》を失ったのは、むしろ当然だったといわなければはるまい。その意味で、私は、彼の自己嫌悪が自
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