んだ、と考えた。しかし、彼の考えはとっさにはまとまらなかった。何も自分に悪いことなんかありゃしない、堂々と教室にはいって行くんだ、とも考えられたし、また、はいって行くのがいかにも未練がましいようにも思えたのである。
そのうちに、教室の中の気配が変に騒がしくなって来た。言葉ははっきりと聞きとれなかったが、先生が何か言うと、生徒が方々からそれに突っかかっているような様子である。次郎はじっと耳をすました。すると、廊下に面した磨硝子の窓の近くの席から、よく聞きとれる声がきこえた。
「本田は、ふだんから先生のあら探しなんかする生徒ではありません。それは僕がよく知っています。」
その声の主は、次郎がこのごろ急に親しくなり出した新賀峰雄にちがいなかった。新賀はいつも、ずばずばとものを言う生徒だりた。体格もりっぱで、顔にどことなく気品があり、入学の当初から、おれは将来は海軍に行くんだ、といつも言っていた。
新賀の声に応じて、「そうです、そうです」と叫ぶ声があちらこちらから聞えた。次郎はそれを聞くと、なぜか急に泣きたくなった。彼は一散に廊下を走って校庭に出た。そして、かつて五年生の室崎を向こうにま
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